上海生活たより③ スマホ決済社会 2024.01.22 人文学部歴史文化学科教育・研究 # 考古学コース# 民俗学コース# 歴史学コース

今回は、中国のおかね事情をテーマにしましょう。

中国でスマートフォンによるキャッシュレス決済が普及しているというのは、日本のマスコミでもよく取り上げられるので、知っている人も多いと思います。キャッシュレスが一気に進んだ背景に偽札の横行があったというのもよく言われることです。だとすると、買い物をする市民がキャッシュレス化を指向したからというより、支払いを受ける側の事情が強く働いたということで、ものごとが進むメカニズムが日本とは違うなー、と感じます。ただ、偽札横行説には日本のマスコミの偏見が少し入っているような気がするので、注意が必要かなとも思っています。ともかくその真偽とは別に、キャッシュレス化した社会は実際のところ、支払をする側の市民にもとても便利です。

実は、この「とても便利です」と言えるようになるまで、私には少し曲折がありました。あるいはまだ「とても便利です」と言い切れる境遇ではないとも言えます。

中国のキャッシュレス化した社会を闊歩するには、中国の電話番号を持つスマートフォンと銀行口座が不可欠です。このことは中国で暮らす人から聞いていました。ですので、私も中国に着いた次の日に携帯番号SIMを取得し、第1段階を完了させました。次いで、その足で銀行に行って口座を開こうとしましたが、そこに壁がありました。私がもつ「訪問ビザ」には中国で銀行口座を開く権利がないらしいのです。このことは銀行の人も知らず、オンラインであれこれ試してもらうこと数十分、結局、システムが受け付けてくれませんでした。訪問ビザでの口座開設は以前は可能だったのが、ここ数年のうちにダメになったようです。
ですので別の手立てを探さないといけません。実は最近、中国の銀行口座ではなく海外のクレジットカードから引き落とす方法ができたのも知っていました。当然それを試すことになるのですが、これがなかなか難しくうまくいきません。最終的にはできるようになるのですが、それまでの1か月以上は中国のキャッシュレス社会の外での生活を余儀なくされました。

中国のキャッシュレス決済の特徴は、スマホ決済にほぼ一本化している点だと思います。日本でキャッシュレス決済というと、スマホ決済のほかに、クレジットカード決済が大きな部分を占め、また各種のプリペイドカードもキャッシュレス決済に含まれるでしょう。このように日本ではいろいろなキャッシュレス決済の方法があるのですが、中国ではスマホ決済にほぼ収斂しています。ですので、中国の人びとが普通に使っているスマホ決済に乗れないと、なかなか辛いことになります。

私が特に困ったのはクレジットカードが使えない点です。これは、中国ではクレジットカードが普及することなくスマホ決済が普及してしまったという事情があるようです。中国では以前からクレジットカード決済が難しい状況がありました。一般商店は言うに及ばず、外国人向けのホテルでも国内カードだけが可能で外国のカードは使えないということがよくありました。ですので今回は、わざわざ中国の「銀聯カード」を作って中国での生活に臨んだわけです。ただし中国はその先を行っていて、スマホ決済が普及した結果、銀聯カードさえ使える場所が少なくなっていました。上述の訪問ビザでの銀行口座開設不可もそうですが、コロナ禍の数年間における中国の変容は大きいと感じます。

スマホ決済ができなければ日々の生活はすべて現金です。日本ではどこに行っても現金が使えますが、中国ではスマホ決済が普及した結果、現金では不便な場面がたくさんあります。小さな商店や食堂、タクシーはおつりを用意していません。というか小銭を受け取ることがないから、おつりを用意できないのでしょう。そこで私が立てた自衛策は、おつりを出してもらわなくてもよいようにすること、つまり自ら常に小銭をたくさん持っておくことです。おつりが出そうな店では大きい額の紙幣で支払っておつりをたくさんもらうわけです(お店の人、すみません)。これはやってみると意外とできるもので、財布はいつもパンパンで重くて大変ですが、少し楽しくもありました。

工夫で何とかなるところはいいのですが、工夫しようのないことが多くあります。日本ではクレジットカード決済が多いネット通販も、中国ではクレジットカードで支払えることはまずありません。ほとんどすべてがスマホの決済アプリからの支払いです。新生活を始めるにあたり、さまざまな物資を用意しないといけないわけですが、こういうときこそネット通販が便利です。ところがそれができないわけですから、大変不便です。私の場合は、人に頼んで購入してもらい、その人に現金を渡すという方法で何とか乗り越えることができました。

このように中国のスマホ決済社会で外国人が暮らすのは、なかなか敷居の高いものと感じます。短期旅行者ならば、あれこれしているうちに旅行が終わってしまうでしょう。またこれは、新しい機器に馴染むことが難しい中国のお年寄りにも大きな問題のようです。気をつけて見てみると、やはりお年寄りは現金で支払っている人が多いようで、おそらく現金を使える店を選んで利用しているのではないかと思います(私がそうでした)。そのようなことに気付きだしたある日、公的機関から次のようなショートメールが届きました(中国では、登録しなくても公的機関からさまざまなショートメールが届く)。
「人民元は国家が法で定めた貨幣です。いかなる団体・個人も法に定められた以外の理由で現金の使用を拒んではいけません。現金の受け取りを拒否することは違法行為です。」
なるほど、やはり問題になっているようです。
(2024.01.13 小田木治太郎)

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