【人文学部クロストーク&教員コラム】文化財の保存と活用2 人の暮らしも文化財? 2023.06.12 人文学部宗教学科国文学国語学科歴史文化学科心理学科社会教育学科社会福祉学科 # 人文学部クロストーク&教員コラム

人間関係学科生涯教育専攻講師・田中梨絵×歴史文化学科講師・松岡薫

※2024年に予定している天理大学の改組によって生涯教育専攻は社会教育学科となります。

きっかけは、「なぜ?」や様々な「交流」から—

(田中) はじめまして。本年度から天理大学に着任した田中です。よろしくおねがいします。

(松岡) こちらこそよろしくお願いします。

(田中) 松岡さんはなぜ民俗学を学ぼうと思われたのですか。

(松岡) 私は、当時の成績で合格圏にある大学みたいな、後ろ向きの理由で大学を選んでしまったのですが、高校生の頃から、ぼんやりと文化史や芸能史に興味がありました。大学卒業後、博物館で仕事したかったので、博物館で働く時に活かせそうな学科・学問ということで民俗学を選びました。

(田中) 私は松岡さん以上に後ろ向きで、親から許可がもらえる一番遠くの大学というのが選んだ理由です。大学で建築を学び、西洋と違って日本ではなぜ古い建物が日常的に活かされないのかと疑問を持ち、歴史的建造物の保存と活用というテーマで研究しました。
 
(松岡) 私は熊本の「にわか」という伝統芸能の調査、フィールドワークを続けています。どこの地域でもそうだと思いますが、どのようにして地域の文化を後世に伝えていくのかが問題になっています。地域文化の継承について強く考えるようになったのは、東京文化財研究所という国の研究機関でアルバイトしていたときに各県の文化財行政担当者の人達と交流するようになったことが大きいです。

『俄を演じる人々─娯楽と即興の民俗芸能—』松岡薫著

(田中) 行政担当者との交流が転機だったのですね。私は大学院修了後、奈良市に勤めて、町家などの歴史的建造物の修理修景のほか、地域の歴史文化、伝統行事も含めて広く保存や活用に取り組んでいました。ですので、その「行政担当者」でした。なかでも、市町村の文化財保護の仕事では、国や県より「人」や「人の暮らし」と接することが多くなります。

暮らしの中で続いてきた行事や住んでいる場所も「文化財」

(松岡) 学生と話していると、「文化財」を国宝や重文級の美術品だけだと思い込んでいるように感じます。一口に「文化財」といっても、博物館や美術館に展示されているものだけでなく、民俗文化財や重要伝統的建造物群保存地区といった自分たちの生活の中で続いてきた行事や住んでいる場所、私たちの暮らしと地続きのものたちも「文化財」なんですよね。

(田中) 私たちのなかでは、制度として指定されているものを「文化財」といっているわけではないですよね。文化財という言葉より「地域の歴史文化」といった方がわかりやすいかもしれません。「文化財」としては指定されていないけれど、地域の人達によって大事に守り伝えられてきたお祭りとか、道ばたのお地蔵さんのような神仏はたくさんあります。こういった未指定のものも含めて、地域の歴史文化を大切にしていきましょうという近年の動きは今後ますます重視されていくと思います。とはいえ、地域の中で文化財が保存され活用されるには、たくさんの課題がありますよね。

(松岡) 奈良県内の農村部の伝統芸能をみると、少子高齢化で維持が難しくなってしまっていますね。2年前から、篠原踊りや六斎念仏といった県内で伝承されている地域の歴史文化を大学の授業のなかで学生たちに体験してもらい、問題意識を持ってもらっています。来ていただいた団体さんたちにとっても、若い学生たちに教えることがすごく刺激になったみたいで、継承に対するモチベーションがさらに高まったといった感想をいただいています。大学という場をハブにして、様々な立場、世代の人達が交流することで、地域の歴史文化の継承に繋がればいいなと思っています。

六斎念仏を学ぶ歴史文化学科の学生

(田中) 私がかかわった奈良町では、農村とは少し様子が違うかもしれません。まちづくり活動を行う市民団体が多数できていて、地域の伝統行事の継承にも興味関心を持つ団体もあります。奈良町の歴史文化に惹かれてやってくる若い世代もいます。ただ、関わりたくても関わり方が分からないという話はよく聞きますし、伝統行事に関心が持たれていると地元では気付いていないこともあります。そのような人と人が出会い活動するきっかけをつくるのが大切だと感じています。また、以前、地域に住む人や地域で活動する人が自分たちで地域の歴史文化を学び『奈良町の南玄関』という本を作る活動のお手伝いをしたのですが、その時もやはり地域と人、人と人をつなぐ役割が重要だと感じました。

『奈良町の南玄関』田中梨絵共著

地域と人、人と人をつなぐ役割を担う人材の育成を

(松岡) 民俗学や歴史学、建築学の専門職としてそれぞれの価値を見出していく仕事とは別に、関心のある人、求めている人をつなぐ役割もこれからは大切ですね。社会教育学科で力を入れている、「社会教育士」もそのような役割を担うのでしょうか。

(田中) 社会教育学科では、プログラムによっては社会教育士の称号を取ることができます。この称号がいま分野を超えて注目され始めています。「社会教育士」は、地域やそこに暮らす人の魅力や可能性、思いや力を引き出しながら地域の困りごとを解決へつなげていくプロフェッショナルです。つまり、地域の歴史文化の魅力を引き出して、地域と人、人と人をつなぐ役割を担う存在ともいえます。現在の生涯教育専攻の学生も、例えば、公民館講座のスタッフとしてまちあるきガイドを務め、地域と人をつなぎ、自分たち自身も地域を学び、地域を学ぶ人を支える活動に取り組みました。このようなプログラムは、社会教育学科でも、もっと積極的に展開したいです。

生涯教育専攻の活動

(松岡) 「人」を育てるという点では歴史文化学科が目指すものとも共通していますね。歴史文化に携わる人材というと、教員や博物館学芸員を思い浮かべると思いますし、天理大学の卒業生が何人もそのような職に就いています。これらの職業も広く地域に関わり、分野を超えた連携協働が求められています。また、ほかにももっと様々な職業もありますよね。県や市町村の文化財担当者の役割は今後ますます重要になってくると思いますし、公民館や観光施設の職員として活躍するという方向性もあります。もちろん仕事として直接関わらなくとも、地域に暮らす一市民として身近な歴史文化に目を向けられる人材を育てていくということは地域に根付く大学としての使命だと思っています。

 私たちの暮らしの、ごくごく身近なところに豊かな歴史文化がある。そのことにまずは気づいてもらって、その魅力を引き出す人材や、さらにそれを共に守り伝えていけるような人材が歴史文化学科や新設予定の社会教育学科から巣立っていくようにしていきたいですね。

もっと知りたい人のために

  • 松岡薫『俄を演じる人々─娯楽と即興の民俗芸能—』森話社、2021年。
  • 元興寺文化財研究所編『奈良町の南玄関』京阪奈情報教育出版、2021年。

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