《公開講座記録》【人文学へのいざない】第1回 「きりしたん版」を読む―印刷機の輸入から迫害の果てまで― 2024.06.06 社会連携生涯学習公開講座記録

《公開講座記録》【人文学へのいざない】第1回

●2024年5月25日(土) 午後1:30
●テーマ:「きりしたん版」を読む―印刷機の輸入から迫害の果てまで―
●講師  東馬場 郁生(宗教学科 教授)

内容

「きりしたん版」について
「きりしたん版」とは、カトリック教会のイエズス会が、日本において、活版印刷機を用いて印刷した書物である。その種類は、教義書、信仰書、儀礼(秘跡など)のマニュアル、辞書など多岐に及んでいる。1591年頃までのきりしたん版最初期には輸入金属活字で版組が行われており、日本で最初の活字印刷物でといわれる。
現存するきりしたん版は30余種、約80部あるが、そのうち特に興味深いのは、漢字かな交じり和文で縦書きの国字本である。原則として金属文字を用いている。それらは、宣教師の日本語の学習と説教ならびに一般信徒の教理学習に印刷されたもので、以下のタイトルを含む。

おらしよとまんだめんとす(断簡)(1590, 1591)
善作ニ日ヲ送ルベキ為ニ保ツベキ条々(断簡)(1590)
どちりいなきりしたん (1591)  ばうちずもの授けやう
Salvator Mundiサルバトール・ムンヂ (1598) Raxuyoxu 落葉集 (1598)
ぎやどぺかどる (1599) どちりなきりしたん(1600)
おらしよの翻譯 (1600) Royei zafit朗詠雑筆= 倭漢朗詠集 (1600)
こんてむつすむん地(1610)
ひですの経 (1611)  太平記抜書 (1612)

「きりしたん版」を読む
天理図書館には6点の国字和文のきりしたん版が収蔵されているが(すべて重要文化財指定)その中から「ばうちずもの授けやう」と「おらしよの翻譯」を紹介したい。

「ばうちずもの授けやう」は、臨終の人に告解をすすめ、洗礼の仕方を説明したキリスト教の信仰手引書である。表紙、扉紙が失われており、その結果、刊行年、刊行地とも不明である。よって、「ばうちずもの授けやうと、病者にぺにてんしやを勧むる教化の事」という巻初の言葉の冒頭部分をとって名称とされる。1590年代前半と推定される刊行時には、秀吉の伴天連追放令の結果、宣教師の滞在地域が限定される一方で、きりしたん信徒の数は増加を続けていた。司祭が不在のときに、司祭に変わって死を迎える人に対応するために書かれた手引き書である。
最初にばうちずも(洗礼)の授け方についての説明があり、その目的は、平信徒に実際の洗礼の手順を教え、司祭がいない場合でも信徒だけで洗礼ができるようにと記されている。つぎに「ぺにてんしや」(ゆるしの秘跡)の詳細な説明がなされている。そこでは、本来、司祭に対し行うべき「ゆるしの秘跡」を、その構成要素の一つである「こんちりさん」(痛悔)に特化して、司祭不在でも痛悔を行うことで、ゆるしの秘跡全体と同じ効力を得ることを教える。こうして、司祭がいなくても洗礼とゆるしの秘跡を施す方法を記して、きりしたん信徒の死後の救済を確実にしようした。

次に「おらしよの翻譯」は、きりしたんとして信仰生活に必要な祈りとともに、きりしたん教理の要点を集録した書物である。祈りの言葉には、和文付ラテン文、ラテン文のみ、和文のみ、の3種類ある。
天理図書館に保存されているものは、表紙から最後まで見開きほぼすべてに黒い×(バツ)の文字が残り、きりしたん禁令下での検閲の結果をものがたっている。本来処分されるべきものが奇跡的に残り発見されたものだが、きりしたん迫害の姿を強烈に表す、比類のないきりしたん版である。
書中に掲載された祈りのうち、約半分はラテン語(かな表記)と和らげ(日本語訳)が併記された「バイリンガル」な祈りとなっている。
多くの地域で、「おらしよの翻譯」に記載されている祈り言葉が迫害を生き延び、潜伏きりしたんによって継承された。時代が下ると、ラテン語の祈りは元と比べ変化が大きいが、それを唱えたきりしたんにとっては、功力をもたらす祈りであることに変わりなく、先祖が命がけで守った祈りであった。今日も、九州の一部で潜伏きりしたんの子孫によって「おらしよ」(祈り)として唱えられている。

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