【人文学部クロストーク&教員コラム】人文学部教員コラム4 文学研究の楽しみ 「亀仙人」の元ネタは『今昔物語集』!? 2023.07.20 人文学部宗教学科国文学国語学科歴史文化学科心理学科社会教育学科社会福祉学科 # 人文学部クロストーク&教員コラム

国文学国語学科教授・西野由紀

パロディとしての『ドラゴンボール』

 突然ですが、漫画のはなしからはじめましょう。

 鳥山明『ドラゴンボール』は、1984年から95年にかけて『週刊 少年ジャンプ』(集英社)に連載された長編漫画です。1986年から89年にはフジテレビ系列でアニメーションが放映され、その後はシリーズ化し、Z、GT、改、超と続きます。ほかにも、劇場版アニメーションや海外版の実写映画が製作され、ゲームソフトや関連グッズなども多数に発売されました。

 作品名はブルース・リー主演のカンフー映画『燃えよドラゴン』をもじり、その作品世界には『西遊記』(主人公の名前「孫悟空」、「孫悟空」が乗る「筋斗雲」)や曲亭馬琴『南総里見八犬伝』(複数ある玉を集める)の設定をとりいれたといいます。主人公である孫悟空の武術の師匠「亀仙人」は、「武天老師」とも呼ばれています。背中に背負った亀の甲羅がトレードマークで、孫悟空とはじめて出会った場面ではアロハシャツを着ていました。南の島に住み、カメハメ波を操るという設定から、童謡「南の島のハメハメハ大王」の設定や、ハワイ諸島を統一したカメハメハ大王の名をもじっているとわかります。そもそも孫悟空が子たちにいじめられている亀を助け、その亀に南の島へ連れられていくという設定も、『浦島太郎』そのままです。

こうしてみると『ドラゴンボール』は、中国の白話小説(口語で書かれた中国の小説)、日本の読本、昔話から童謡、映画まで、さまざまな作品のパロディとなっていることがわかります。

ふたつの疑問

 ここでふたつの疑問を提示します。
 ひとつめの疑問は、先述した作品をとりこんでいるのだとしても、「武天老師」が「仙人」である必然性はみいだせないことです。もちろん、『西遊記』における孫悟空は「孫行者」とも紹介される猿の仙人であり、その孫悟空の師匠だから「仙人」という設定を採用したとみることもできます。はたしてそれだけの理由によるのでしょうか。
 漫画のなかで亀仙人は、「清い心をもって」いれば乗れるはずの筋斗雲に乗ることができません。また、亀仙人は悟空と一緒にいたブルマという若い女性=「ギャル」に「パンチーをみせてくれ」と言いってしまうような好色なキャラクターとして描かれています。こうしてみると亀仙人は、わたしたちが「仙人」と聞いてイメージするキャラクターからはかけ離れているように感じます。ふたつめの疑問は、なぜ亀仙人は好色な「仙人」として描かれているのかということです。

元ネタさがし

 ところで、『元亨釈書』(げんこうしゃくしょ)『扶桑略記』(ふそうりゃっき)といった仏教関係の歴史書や、『今昔物語集』『発心集』『徒然草』といった説話や随筆などに「久米仙人」という仙人が登場します。この「久米仙人」について、辞書には次のように記されています。

「今昔物語集」巻一一によると、大和国吉野郡龍門寺に安曇、久米という二人の仙人が修行をしていた。あるとき久米は空を飛行中、川で衣を洗う若い女の白いふくらはぎを見て欲情を生じ、通力を失って墜落、この女を妻とする。その後俗人となり、天皇が高市郡に都を造るための人夫として召される。久米が仙人であったことを知った役人に命令され、七日七晩の祈りによって山から材木を飛ばすことに成功する。久米は天皇に免田三十町を賜り、久米寺を建立した。(志村有弘・諏訪春雄編『日本説話伝説大事典』勉誠社・2000年6月)

 ここから、久米仙人は仙術により空を飛ぶことができたこと、若い女性の足に欲情して神通力を失って空中から墜落したことがわかります。

 『徒然草』の久米仙人にかんする記述は次のとおりです。

兼好法師『徒然草』第八段 世の人の心まどはす事、色欲にはしかず。人の心はおろかなるものかな。匂(にほ)ひなどはかりのものなるに、しばらく衣裳(いしゃう)に薫物(たきもの)すと知りながら、えならぬ匂ひには、必ず心ときめきするものなり。久米(くめ)の仙人(せんにん)の、物洗ふ女の脛(はぎ)の白きを見て、通(つう)を失(うしな)ひけんは、誠(まこと)に手足・はだへなどのきよらに、肥えあぶらづきたらんは、外(ほか)の色(いろ)ならねば、さもあらんかし。(『方丈記 徒然草 正法眼蔵随聞記 歎異抄』新編日本古典文学全集四四・小学館・1999年3月10日)

 ここから、久米仙人は色欲により神通力を失って凡夫となった人物であったということがわかります。

 江戸時代になると、『徒然草』に関連する本が出版されます。そのなかのひとつに、元文5(1740)年刊の西川祐信『絵本徒然草』があり、第八段の内容を図像化した挿絵が載っています。

国立国会図書館デジタルコレクション 「絵本徒然草」(京乙-247)より

 この挿絵をみると、飛行していた久米仙人が、川で「物洗ふ女」をみて空から落下するようすがよくわかります。

 世下って、1908(明治41)年に出版された「絵葉書世界」には「出歯久米」という題の一葉が収載されています。

『滑稽新聞定期増刊』「絵葉書世界」19号

 これは『絵本徒然草』の挿絵の左側に描かれていた女性だけをクローズアップして、落下する久米仙人は着物の袖と手だけを描いています。明治期になると、久米仙人に対する好色というイメージやエピソードが世に知れわたっていて、久米仙人本人を絵に描かなくても「出歯久米」という題だけで連想できたということです。そして、この題は「覗き」行為をさす「出歯亀」ということばを、「亀」と「久米」の音の類似を利用してもじっています。「覗き」は色欲にもとづくものであり、その色欲行為が久米仙人のイメージに添うと認識されていたことがわかります。

 ひるがえって、『ドラゴンボール』の「亀仙人」という名は、この「出歯久米」というもじりと類似しており、ア音かウ音かといった母音の差異しかないことから、「亀仙人」が「久米仙人」のもじりであることが推察できます。「パンチーをみせてくれ」と言ってしまうような好色性ゆえに「亀仙人」は神通力を失っていて、仙人としての「清い心をもっていない」せいで「筋斗雲」に乗れなかったのです。
 先述のふたつの疑問、「武天老師」が「仙人」である必然性と「亀仙人」のキャラクターの謎はこれで解消されました。

文学研究の楽しみ

 文学研究の楽しみのひとつに、ハイカルチャー/ポピュラーカルチャーの区別なく、このような身近にある作品に垣間見える文化を読み解くことがあります。

私たちが誰かと話しているときに発する単語や句や文は、いってみれば「コミュニケーション氷山」の一角でしかない。(モーテン・H・クリスチャンセン・ニック・チェイター・塩見通結訳『言語はこうして生まれる—「即興する脳」とジェスチャーゲーム』)

国文学国語学科・西野由紀教授

 この「私たちが誰かと話しているときに発する単語や句や文」に文字で書かれた作品や描かれた絵をあてはめてもよいでしょう。海面に浮上する氷山の下には、水面に沈んでみえない裏側があり、氷山はその裏側を構成する「文化」や「社会」、「情動」、「事実にかかわる知識」などによって支えられているのです。「氷山の一角」である『ドラゴンボール』から、水面下に潜むさまざまな要素を読みとること。ひょっとするとそこから、「読み手」が思いもつかないような何かがみえてくるかもしれません。

もっと知りたい人のために

  • 川平敏文『徒然草—無常観を超えた魅力』(中央公論社、2020年)
  • モーテン・H・クリスチャンセン・ニック・チェイター・塩見通結訳『言語はこうして生まれる—「即興する脳」とジェスチャーゲーム』(新潮社、2022年)
  • 西野由紀『みやこ図会ごよみ』(人文書院、2016年)

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