《公開講座記録》【人文学へのいざない】第2回 メンタルヘルス不調からみえてくる現代社会 2023.06.03 社会連携生涯学習公開講座記録

《公開講座記録》【人文学へのいざない】第2回

●2023年6月3日(土) 午後1:30

●テーマ:メンタルヘルス不調からみえてくる現代社会

●講師  深谷 弘和(人間関係学科社会福祉専攻 准教授)

内容

1.メンタルヘルスとは

WHO(世界保健機関)は、メンタルヘルス(心の健康)を「単に精神障害がないというのではなく、個々人が自身の能力を発揮し、日常生活におけるストレスに対処し、生産的かつ実り豊かに働き、地域社会に貢献できるような良い状態(ウェルビーイング)」と定義している。国際的には、このウェルビーイングは、基本的人権の一つとして保障されることが求められている。メンタルヘルスを権利として保障する専門職として、精神保健福祉士が位置づく。

2.ストレスとストレスマネジメント

メンタルヘルスを語る際のキーワードとして、「ストレス」がある。ストレスは、元々は、「外力による歪み」である物理学的概念が、身体的要因、心理的要因、対人関係、社会経済、自然環境などの変化による負荷をあらわす「健康度が低下した状態」として概念化したものである。厳密には、「健康度が低下した状態」を「ストレス」と呼び、その状態をもたらした要因を「ストレッサー」と呼ぶ。生活の中では、ストレスなく生活をすることは難しいため、ストレスとうまく付き合う「ストレスマネジメント」の方法が、近年、多くの書籍などで広がっている。

「健康度が低下した状態」への対処行動を、ストレス・コーピングと呼ぶ。ストレス・コーピングは、大きく2つに分かれる。ストレッサーそのものに働きかけることで、解決を図ろうとする「①問題焦点コーピング」と、ストレッサーそのものではなく、ストレッサーに対する考え方や感じ方を変えようとする「②情動焦点コーピング」である。近年、うつ病などの治療で着目される認知行動療法などは、②の情動焦点コーピングにあたる。ストレスの原因であるストレッサーを解決することは困難であることが多いため、自らの物事の捉え方や、考え方を変えようとするものである。

こうしたストレスマネジメントは、日常生活をより良く暮らす「コツ」としては、有効であるものの、落とし穴も存在する。それは、ストレッサーが、社会問題として解決しなければならない課題であるにも関わらず、個人のストレスマネジメントの問題として自己責任化されてしまう点である。例えば、残業などの長時間労働により、うつ状態となった際、本来は、労働問題として解決しなければならない課題が、個人のメンタルヘルス不調として、矮小化されてしまう。社会学者の山田陽子は、こうした問題を「労働問題の精神医療化」と呼んでいる。

3.精神疾患と精神障害

ここで、重要となるのが「精神疾患」と「精神障害」の違いを理解することである。「障害」に対する理解は、1980年代までの医学モデルから、2000年代からは社会モデルへと移行している。医学モデルによる障害理解は、WHOが1980年に発表したICIDH(国際障害分類)に基づく。ICIDHによれば、障害は、疾病・変調により、機能障害(Impairment)、能力障害(Disability)、社会的不利(Handicap)に分けられる。しかし、この理解では、「障害」が、個人のもつ病気から生まれる不利としての理解になってしまう。そこで、2001年に新たにICF(国際生活機能分類)が発表された。これでは、ICIDHでの理解に修正する形で、障害がもたらすマイナス面だけではなく、プラス面にも着目し、かつ、障害のある人を取り巻く環境因子や、その人自身の個人因子にも着目する。そうすることで、「障害」は、個人が抱える問題として捉えるのではなく、個人の社会参加を阻む社会の側の「障害」として理解することができる。こうしたICFに基づく理解を、社会モデルによる障害理解と呼ぶ。

4.メンタルヘルス不調という社会問題

現在、日本では、メンタルヘルス不調者は、年々、増加しており、その患者数は、約600万人を超えている。個人が、自らの心の健康をコントロールするストレスマネジメントだけではなく、メンタルヘルス不調者が増加する社会構造に着目し、メンタルヘルスを権利として保障する社会づくりのための取り組みが求められている。

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