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 【生涯学習】

《公開講座記録》【ことばと文学】大和の説話・伝説

第2回 ●平成28年9月24日(土)午後1:30
テーマ ●大和の説話・伝説
          ●講師  佐藤愛弓 国文学国語学科准教授

内容

大和の説話・伝説—智光曼荼羅説話について—    
『今昔物語集』には、奈良市の元興寺を舞台とした以下のような話が載せられている。
元興寺に智光と頼光という二入の僧がいた。頼光は仏教の勉強をせず寝てばかりいたが、智光は熱心に勉学に励んでいた。そのまま頼光は亡くなり、智光は「頼光は死後どのような報いを受けているだろうか」と心配する。すると夢に頼光が現れ、浄土に生まれ変わっていると告げる。智光は「なぜ何もしていないのに、浄土に生まれることができたのか?」と頼光に尋ねた。すると頼光は「自分は生前、浄土の美しい様相を思い浮かべて静かに寝ていたのだ」と答える。智光はこれをきいて「では私はどうしたら浄土に生まれることができるのか?」と尋ねた。そこで頼光は智光を阿弥陀仏に会わせた。阿弥陀仏は智光に「浄土に生まれたければ、この浄土を心に思い浮かべよ」と教える。しかし智光は「あまりに美しいので、思い浮かべることなどできない」と悲しむ。すると阿弥陀は小さな浄土を手の上にあらわして智光に与えた。夢から覚めた智光はその浄土の様相を絵師に描かせ、一生の間、これを見ながら浄土を思い続け、ついに浄土に生まれ変わった。その絵図は今も元興寺にあるという。
 
元興寺は、現在も奈良の町なかに存在し人々に親しまれているが、もとは南都七大寺の一つであり、法相教学の中心であった。いわば仏教を学ぶエリート僧たちの研鑽の場であったのである。優秀な僧は、国家的な法会で役割を果たすことが求められており、滞りなく法会が行われることが国家の運営に不可欠の事とされていた。つまり学問に身をささげた智光の生き方こそが、当時の社会が求めた学僧のあるべき姿であったのだ。

だが、この話では終始、智光は頼光に遅れをとる存在として描かれている。最初はやや上から目線で頼光を心配していたのに、その頼光がなぜ浄土にいるかわからず混乱したり、阿弥陀仏の前で「自分には浄土を思い浮かべることができない」と落胆したり……、しかし、一方で自分が間違っていると悟るや、すなおに頼光に助けを求め、阿弥陀仏には自分の力不足を告白する。ジタバタしている彼は、とてもすなおで一生懸命なのだ。

さて、学問の場としての元興寺は、貴族社会に陰りがみえる平安時代末期には衰微していった。この頃、元興寺だけでなく貴族の財力を基盤としてきた寺院の多くが変革を迫られたのである。その元興寺を支えたのが浄土信仰であり、その中心となったのが、智光が伝えたとされる絵図、すなわち智光曼荼羅だったのだ。これによって元興寺は従来よりも幅広い階層の支持を得られるようになった。この説話の前半には、熱心に勉強する智光が、後半には一心に浄土を願う智光の姿が描かれる。それはそのまま平安末期以前の学問中心の元興寺のあり方と、それ以降の浄土信仰中心の元興寺の性質を象徴しているようにみえる。

だが智光が認めているように、浄土をありありと思い浮かべ続けることは、実際には難しい。宗教のことだけではない。芸術でもスポーツでも、理想に近づこうとする時には、コツコツと努力を積み重ねることと、理想のイメージを自分の心底にまで浸透させることの二つ道があるのではないだろうか。そして後者は一見容易くみえるけれど、本当は難しい。頼光が生前にやり遂げたそれを、智光が「自分にはできない」と述べるように、資質にも左右されるのだろう。この説話はその差を認めており、その差を埋める為に絵図がもたらされている。この話は、智光より頼光が優れていることを言っているようで、本当は違う。資質もやり方も違う智光と頼光が、ともに浄土に到達できるということが大切なのである。



『今昔物語集』……十二世紀頃成立。日本最大の説話集。
『日本往生極楽記』……十世紀後半成立。往生人の伝記の集成。
『日本霊異記』……九世紀成立。善因善果、悪因悪果の説話を集める。
元興寺……奈良市芝新屋町に所在。南都七大寺の一つ。法相教学の中心として栄えたが、平安時代末期に衰微。
智光・頼光……三論宗の学僧。いずれも智蔵の弟子。

①『今昔物語集』の巻十五の一
智光……心にさとり深く、学問を好む。
頼光……なまけて学問をせず、寝てばかりいた。
だが、先に往生できたのは頼光のほうであった。智光は「頼光は何もしていなかったではないか」と驚く。
学の智光(具足戒あり)→△
行の頼光(具足戒なし)→○

観想……精神を統一し、静かに仏の姿や浄土のありさまなどを思い浮かべること
口称念仏……仏・菩薩の名を唱えること。

②『日本往生極楽記』
『今昔物語集』が典拠とした資料。
ただし「頼光はなまけて学問をせず、寝てばかりいた」とはされない。

③『日本霊異記』
智光……智恵第一。経典の注釈を記し学生たちに読み教えた。
行基……仏法をひろめ、迷える者を救済した。
智光は行基に嫉妬し、その罪で地獄に行って責め苦を受け、改心する。
「行基は具足戒を受けていないではないか」

学の智光(具足戒あり)→△
慈悲の行基(具足戒なし)→○

④参考『今昔物語集』巻二十の十二
行はあるけれど、学のない僧侶が、偽の往生に遭遇する。
行(おそらく具足戒なし)→×
学→○ ?



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