《公開講座記録》【多文化理解へのいざない】第2回
●2024年6月29日(土) 午後1:30
●テーマ:中央アフリカの『イクメン』たちー狩猟採集民アカの子育て
●講師 服部 志帆 (国際文化学科 准教授)
内容
アフリカのコンゴ盆地に広がる熱帯雨林には、「ピグミー」と呼ばれる狩猟採集民が暮らしている。ピグミーは、低身長という身体的特徴に加え、森林に強く依存した生活、集団のなかにリーダーをつくらない平等主義、食料や物のシェアリング、ポリフォニー(多声音楽)という音楽形態といった文化的特徴をもっている。ピグミーとは総称であり、地域ごとにムブティ、エフェ、アカ、バカなどの集団が暮らしている。それぞれの集団は、近隣に暮らす農耕民と相互依存関係を結んでおり、獣肉などの森林産物や労働力を提供する代わりに、農作物や酒、現金などを得ている。ピグミーのそれぞれの集団は独自の言語をもっておらず、近隣に暮らす農耕民もしくはかつて近隣に暮らしていた農耕民の言語を話している。
講座のなかでは、ピグミーのなかでも中央アフリカに暮らしているアカを取り上げた。アメリカの人類学者バリー・ヒューレットが1992年に出版した『親密な父親(Intimate father)』をもとに、森の中の『イクメン』ともいえるアカの男性による子育てについて紹介し、異文化をとおして育児のあり方を考えた。
イギリスの国立情報センターであるファーザーズ・ダイレクトが世界の156の文化を対象に行った調査では、ほとんどの国で育児において父親の関与が低く評価されていることが明らかになった。しかしこのような世界的な傾向に対して、中央アフリカのアカは正反対の育児を行っている。アカの父親は、平均して 47% の時間、乳児を抱いたり、乳児の手の届く範囲で過ごしたり、世界で一番、子どもと過ごす時間が長い父親である。アカは、母親だけではなく、父親も子育てに積極的に従事する。母親が森に採集や狩猟に出かけた後、集落では父親が抱っこ紐で幼児を抱き、優しい声であやす姿がしばしば見られる。そんな父親に幼児はなつき、身体的かつ精神的に強い父子関係を築いている。夜中に起きた赤ちゃんを慰めるのは父親であり、父親はヤシ酒を飲みに行ったり、社交活動に参加したりするときにも、赤ちゃんを連れて行く。
男性の積極的な育児を生み出す背景は、平等主義という社会のあり方と関係している。両親が家事と育児の責任を平等に分担するため、専業主婦や専業主夫は存在しない。女性も狩猟に参加するなど、性に応じた社会的役割が日本の社会のようにはっきりと決まっていない。男性は女性が狩猟をしている間、子どもをあやしていることがあるし、女性のなかには、妊娠8か月目まで狩りをし、出産後わずか1か月で網と槍を持って狩猟に復帰した女性もいるくらいである。このように、アカの社会では女性だから男性だからという理由で、生業活動や育児における役割が決められるわけではない。アカの社会は、非常にゆるやかな性別による社会的分業をおこなっているのである。
アカの社会と比べると、日本は性別による社会的分業がまだまだ強いように思われる。最近では、家事や育児に積極的に関与する男性が現れてきているが、家事や育児は女性がするものというイメージを強く持っている人は少なくない。また、男性が積極的に家事や育児に関わることを許さない労働環境という問題も依然としてある。暮らしやすい生きやすい社会を考えるとき、個人として社会として異文化からヒントをもらうという柔軟な姿勢が大切になってくるのではないだろうか。