《公開講座記録》【多文化理解へのいざない】第1回 多民族社会における家・墓・祖先祭祀:ベトナム南部メコンデルタの事例 2024.07.09 社会連携生涯学習公開講座記録

《公開講座記録》【多文化理解へのいざない】第1回

●2024年6月22日(土) 午後1:30
●テーマ:多民族社会における家・墓・祖先祭祀:ベトナム南部メコンデルタの事例
●講師  芹澤 知広 日本学科(留学生対象)教授

内容

1.文化人類学のフィールドワーク

 人類学(anthropology)とは、人間が作ったものすべてを指す「文化(culture)」を総合的に捉え、実証的に研究する学問分野である。19世紀に西ヨーロッパで始まったが、日本においても同時期の明治時代に研究が始まった。
 この100年のあいだ文化人類学(「社会人類学」、「民族学」ともいう)においては、ある村落に長期間滞在し、地元の言語を学び、地元の人たちと生活をともにしながら情報を集めてきた。
 このフィールドワークでは、「系譜法」(the genealogical method)という方法が重要である。文化人類学が研究対象としてきた人々(民族)は、社会生活の多くの側面が家族・親族関係にもとづいて営まれているため、まずは村人に話を聞きながらノートに系図を描き、人々のあいだの家族・親族関係を明らかにする。
 家族・親族関係の研究では、父方のラインを辿る「父系(patrilineal)」、母方のラインを辿る「母系(matrilineal)」のいずれか、という区別が重要である。後にとりあげる「華人」と「キン人」は父系であるが、「クメール人」は母系である。日本人(いわゆる「大和民族」)は父系のように考えられるが、両方を辿る「双系(bilineal)」としての性格も強い。

2.メコンデルタ地域でのフィールドワーク

 ベトナム南部のメコンデルタ地域は、クメール人(カンボジアの主要民族)が先住していた場所に、華人(中国大陸からの移民)とキン人(ベトナムの主要民族)が後に多く移住し、3民族が通婚を重ねて共住してきた地域である。
 私は、2012年から2015年にかけて、神戸大学の研究者とともにチャヴィン大学との共同調査プロジェクトを行い、2017年から2022年にかけては、日本学術振興会の科学研究費の助成を得た共同研究プロジェクトを研究代表者として行った。
 残念ながら村落に長期で住み込むような調査ができなかったが、都市近郊のチャウタイン県のA社とB社(ベトナムの「社」は日本の「郷」に近い)へチャヴィン大学から通い、合計49世帯を訪問するインタビュー調査を行った。社の役員からの聞き取りによると、A社には2,874世帯があり、そのうちクメール人が1,803世帯、華人が17世帯、「チャム人」が4世帯で、残り1,050世帯がキン人である。B社には1万2千人の人口があり、民族ごとの割合は76パーセントがキン人、24パーセントがクメール人で、華人は16世帯しかなく、チャム人など他の民族はいない。なお私たちが訪問した世帯の事例では、民族間の通婚の事例は多くなかった。

3.多民族社会における家・墓・祖先祭祀

 各世帯の客間には、「ブッダ」を描いた画が額に入られて祀られ、その隣には、その家に住む夫婦の父母(家を継承した子どもの父母)にあたる人物の写真が祀られている。また写真とともに故人の遺骨が金色の骨壺に入れられて置かれていることも多い。本来クメール人は、遺骨を寺院(クメール人の信仰する上座仏教寺院)のチェーディー(仏塔)に納めるが、近年は家族墓や個人墓を指向する傾向が認められる。そして床には、ベトナム語で「オン・ディア(翁地)」という土地神と「オン・タンターイ(翁神財)」という財神のセット(一般に「オン・ディア」という)が祀られている。この仏・祖先・神の構成は、この地域のクメール人・華人・キン人の共住を示していると考えることができよう。
 また、この地域では末子が親の家屋を相続し、そこで年老いた親の世話をし、親が死んでからは祭壇に写真を置き、毎年の命日には追善供養の儀礼を行うという慣行が、クメール人、華人、キン人に共通して認められる。この「末子相続」というルールは、「女子が継ぐ」あるいは「男子が継ぐ」、のいずれかに限定されないため、母系であるクメール人にとっても、父系である華人やキン人にとっても共有することが可能なものである。

参照文献

芹澤知広編
2022 『ベトナム・チャヴィン省チャウタイン県調査報告(JSPS科研費「21世紀のウォーター・フロンティア:ベトナム南部メコンデルタの多民族社会」研究成果報告書)』私家版、全137頁。

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