《公開講座記録》【人文学へのいざない】第2回
●2024年6月1日(土) 午後1:30
●テーマ:源氏物語研究の現在
●講師 原 豊二(国文学国語学科 教授)
内容
NHK大河ドラマの題材になった紫式部。その著作『源氏物語』は多くの読者を獲得し、文学作品として高い評価を受けています。一方でこの作品に関わる研究状況についてはあまり知られていません。その一端をここで紹介します。
「書誌学」は、書物そのものを考察するものです。古写本の発見の現場などで有益となります。文化財的価値を重視するが、作品の内容にはあまり踏み込まないのがその特徴です。
「文献学」は書誌学と言葉は似ていますが、やや異なります。書物を扱うのは同じですが、関心の中心はそこに記載される文字情報にあります。一つの書物だけでなく複数の写本を比較検討するのも特徴の一つです。『源氏物語』では、青表紙本系統、河内本系統、別本などと系統分けをしてきた歴史があります。
「構想論」は作者が作品世界をどのような構想で描こうとしたかを知ろうとする研究方法です。作者に一定の力点を置かざるを得ないため、成立論や主題論とも関わってくるものです。
「構造論」は現存するテクストがどのような構造を成しているかを考察するものです。作者の意図はあまり考えない傾向があります。『源氏物語』の場合は五十四帖の巻々の関連性が重要ですが、作品全体を見通した時に見られる上部構造と下部構造などを考えることもあります。ともあれ、あらゆるものが「構造」になりますから、それだけいろいろな可能性のある研究方法になります。
「准拠論」は、『源氏物語』がどの時代を舞台にしているか、また個別の人物や行事、出来事が歴史的事実のどれに対応するかを考察します。『源氏物語』の時代設定を、醍醐天皇・村上天皇の時代と考える「延喜・天暦准拠説」などがあります。
「テクスト論」は「作者の死」を前提とする研究方法です。現存するテクストをよりどころに作品の表現や構造を主に考察します。作者の意図や作品の主題などは考えずに、テクストから見られる物語の方法を考察していきます。
「作家論」はテクスト論とは異なり、作者である紫式部がどのように主体的に物語創作に関わったかを考える研究です。作者と作品の関係性が特に重視されます。
「伝記研究」は作家論とは異なり、『源氏物語』という作品の内容までは踏み込みません。諸資料から実存した紫式部の一生を研究するものです。
「和歌研究」は『源氏物語』にある八百首近い和歌を考察します。贈答歌、独詠歌などがあり、また筆記されたもの、口頭によるものがあります。「引歌」という散文部分における和歌の引用も無視できない事柄でしょう。
「人物論」は登場人物について考察するものです。作者によりどのような人物造型がされているかを主に研究します。
「歴史社会学的研究」は文学作品を上部構造とし、社会・経済基盤を下部構造と考えるマルクス主義的傾向の強いものです。作品の自律性よりも、作品の社会背景に重きを置くことが多いです。
「文芸学的研究」は文学作品を一つの芸術作品であると見なす考え方です。歴史社会学的研究と対立し、社会の反映としての作品という考えをとりません。文芸という美の型を考察するものです。
「民俗学的研究」は日本民俗学を基盤にし、その理念を文学作品の軸として考察するものです。モノやコト、宗教、年中行事などより具体的な事物との関わりなどを考察しています。
「ジェンダー論」は男性性・女性性に着目し、文化的性差の観点から『源氏物語』を研究していくものです。
「思想史的研究」は思想・宗教から作品を考察するものです。『源氏物語』の場合、神道や仏教等との関係を見るものが多くあります。
「享受論」は『源氏物語』が作品成立後、どのように受容されてきたかを考える研究です。特に古注釈書の研究が重要であるが、文学作品のみならず、絵画、能楽、漫画、映画などにもその対象は拡大しています。
加えて、本講座では『源氏物語』の巻名の問題、桐壺巻冒頭に関連して上記の研究方法をより具体的に説明しました。