【人文学部クロストーク&教員コラム】人文学部教員コラム3 なぜ歴史を学ぶのか? -歴史学の役割- 2023.07.10 人文学部宗教学科国文学国語学科歴史文化学科心理学科社会教育学科社会福祉学科 # 人文学部クロストーク&教員コラム

歴史文化学科歴史学研究コース教授・幡鎌一弘

人はなぜ歴史を学ぶのか?

これまでの文学部歴史文化学科は、歴史学研究コースと考古学・民俗学研究コースの2コース制でした。2024年度には新たにできる人文学部に所属することになり、研究コース制を改め、歴史学・考古学・民俗学の3コース編成になります。改組に伴ってカリキュラムを見直し、博物館学芸員の資格を取りやすくしました。また、文化財に関する科目を積極的に配置して、文化財専門職のほか、文化財に関する知識を活かして社会で活躍する道を大きく広げました。なお、歴史学は日本史のみとなり、東洋史・西洋史は、国際学部国際文化学科に吸収されることになります。くわしくは大学案内をご覧ください。(以下の一文は、これまで2度にわたってオープンキャンパスでお話しした内容をもとに成文化したものです)

「人をたすける心をはぐくむ」というオープンキャンパスの共通のテーマは、歴史学にとってとても難しい問いです。すこし考えたらわかりますが、そもそも「歴史文化」を学んだからといって、人をたすけるようなこと、たとえば病気は治せません。飛行機は飛びません。それだけで私たちが豊かになったりはしません。
では、そもそも、人はなぜ歴史を学ぶのでしょうか。このことは歴史学では常に問題になってきました。20世紀前半に活躍したフランスの歴史学者マルク・ブロックの『歴史のための弁明』という本は、次のような少年の言葉から始まります。

「パパ、だから歴史が何の役に立つのか説明してよ。」

少年の目には歴史を学ぶことが人の役に立つようには映らないでしょうね。マルク・ブロックは少年の素朴な問いに真摯に応じ、この本を書いたのです。難しいかもしれませんが、興味がある人は、是非この本を手に取ってみてください。

役に立っていないと思われている一方で、私たちは、歴史が利用されていることを知っています。利用されているということは役に立つわけです。リン・ハント『なぜ歴史を学ぶのか』という本には、世界中で歴史をめぐって対立や紛争、あるいは歴史の隠蔽や改竄が起こっていることを取り上げています。そこには、日本の事例もあります。第二次世界大戦をめぐる日本の歴史教科書の記述や慰安婦が近隣諸国との外交問題になったことをご存知の方も多いと思います。自分の国の歴史を自国に都合よく書いたり、モニュメントを作ったりする営みは、世界中で繰り返されてきたことです。

それはなぜでしょうか。歴史は、人々を統合するのに重要な役割を果たしているからです。皆さんに自覚があるかどうか別として、同じ歴史を共有することで一つの共同体になります。日本史を学ぶということは日本人にとってとても大切なことなのです。

“他者への思いやり”は歴史の学びから —時空間の広がりで想像力を培う—

大上段に振りかぶった話をしました。あの少年のように「だから天理大学の歴史文化学科の学びが何の役に立つか説明してよ」と問われれば、もちろん役に立つ内容をお答えします。詳しくは大学のHPで学科の活動を見ていただきたいのですが、地域の歴史を発掘したり、文化財を保全したりして、地域を活性化させるために貢献します。古文書を整理し、遺跡を発掘し、年中行事や言い伝えを記録して、地域の歴史を後世に伝えます。このような社会貢献をするためには専門的な知識が必要ですから、歴史学・考古学・民俗学それぞれで学びを深め、ノウハウを身につけていきます。

これらはとても直接的な役立ち方ですが、もう少し間接的な内容もあります。歴史の学びでは、何が問題かを見つけ、データを集め、整理し、分析し、問いに対する答えを出します。これは、社会に出て日常的に私たちが直面する作業です。歴史文化学科のHPをぜひ読んでみてください。卒論に取り組むことによって、こうしたスキルが身についたという卒業生のコメントがいくつもあります。

しかし、歴史の学びの本質は別のところにあります。何のために歴史を学ぶのかについて、鹿野政直の『歴史を学ぶこと』という本から、二つの点を指摘しておきましょう。この本は、大学の先生が高校生にそれぞれの学問の話をした「岩波高校生セミナー」シリーズの一冊です。残念ながら、いまでは入手は難しくなっています。

一つ目は、過去の人々の営み、出来事を知り、過去への想像力を広げることだと言います。鹿野さんはあまり積極的ではありませんが、過去を見ることは現在を相対化することにつながっています。過去は私たちをしばりつけていて、その過去を知ることで、現在の立ち位置を知ることができます。いずれにせよ時間軸に沿って自己を相対化し、過去という他者と対話することです。

二つ目は、空間としての広がりをとらえることです。言葉を換えると、自分の立場だけではなく、他国・他人の立場から自国・自分を考える。そうすることによって他者に対する目を開くことです。

歴史を学ぶということは、時間、空間の広がりによって、想像力を培うことだと鹿野さんはまとめています。私は、こうした営みから、他者への思いやりが養われてくるのではないかと思っています。

過去に学び、未来に活かす

どうですか。難しいですか。でも、日ごろから私たちは、似たようなことをしています。皆さんも今日一日どうだったか、振り返ることありますよね。運動部の人は練習が終わってから振り返りのノートをつけたことはありませんか。こうした作業は、自分のなかのもう一人の自分が、自分自身を評価することです。頑張ったねと自分で自分を褒めてみたり、こうすればもっとよかったと反省してみたり。

また、自分だけではなく、他者との関係も同じでしょう。先生や友達の立場に立って、その言葉をかみしめてみることがありますね。こんな日常的な営みを、さまざまな次元で、しかも客観的な立場で学問的に行うのが歴史学なのです。

最初に、歴史を学んでも病気は治らないし、飛行機が飛ぶわけではないということを言いました。しかし、医学や科学技術だけで人が幸せになるとは限りません。医学だって一歩間違えば人を殺すようなことにもなりますし、最先端の技術が戦争に用いられているでしょう。歴史学にもまた、戦争に協力してきた歴史があります。

ですから、私たちは、過去に学び、反省をこめて未来への可能性を提示することが大切です。鹿野さんは「歴史を学ぶ」という授業を「歴史に学ぶ」という言葉でしめています。このような姿勢を培うことが、歴史を学ぶ意義であり、もうすこし広くいえば、人文学の役割でしょう。ちょっとずるい言い方ですが、歴史学が役に立ち、人をたすけるかどうかは、皆さんが歴史学に意義を見出し役に立てるかどうかにかかっています。

歴史を学ぶことが好き、歴史の学びを高校、中学の先生や博物館の学芸員となって生かしたい、歴史を学ぶことで豊かな人生を歩みたいという希望のあるみなさん。是非一緒に天理大学で歴史を学びましょう。

もっと知りたい人のために

  • 鹿野政直『歴史を学ぶこと』岩波高校生セミナー1、岩波書店、1998年。
  • テッサ・モーリス・スズキ『過去は死なない : メディア・記憶・歴史』田代泰子訳、岩波書店、2004年。
  • マルク・ブロック『新版歴史のための弁明』松村剛訳、岩波書店、2004年。
  • リン・ハント『なぜ歴史を学ぶのか』長谷川貴彦訳、岩波書店、2019年。

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