《公開講座記録》【外国語への招待】第2回 訓民正音 —ハングルの誕生— 2023.06.24 社会連携生涯学習公開講座記録

《公開講座記録》【外国語への招待】第2回

●2023年6月24日(土) 午後1:30
●テーマ:訓民正音 —ハングルの誕生—
●講師  長森 美信(外国語学科韓国・朝鮮語専攻 教授)

内容

韓国・朝鮮語はどんな言葉か

日本語と韓国・朝鮮語はよく似ていると言われる。たとえば語順である。「ゾウ長い」を韓国・朝鮮語に訳すと「コッキリ(ゾウ)ヌン(は)コ(鼻)(が)キルダ(長い)」となる。日本語の「…は」「…が」に該当する助詞が韓国・朝鮮語にもあり、語順は変わらない。たしかに似ている。

次に語彙である。韓国・朝鮮語の語彙は「固有語」と「外来語」に分けられる。外来語のうち、古い時代に取り入れられた漢字由来の言葉をとくに「漢字語」と呼び、近年使われるようになった西欧語由来の外来語と区別している。これは日本語のいわゆる大和言葉〔固有語〕、漢字語、外来語の区別にほぼそのまま対応する。

このような三種の語彙を現代日本語では、ひらがな、カタカナ、漢字という三種の文字を使って表記しているが、韓国・朝鮮語では全て固有の文字で表記する。

「訓民正音」の誕生

「訓民正音」と名付けられた固有の文字ができたのは約600年前のことである。1443年、朝鮮第4代国王である世宗が朝鮮語を表記するための新しい文字を創製したのである。

訓民正音が創製されるまで、朝鮮半島には漢字以外の文字がなかったので、漢字の音訓を借りて自らの言葉を表記していた。日本の万葉仮名のような表記法もあった。

訓民正音は、いつ、誰が、何のために作ったかが分かる、世界史的にも希有な文字である。世宗は言う。文字を持たない民衆たちのために、簡単で使いやすい文字を作ったと。

しかし漢字を唯一無比の真字(しんじ)とする朝鮮社会で、新しい文字は諺文(おんもん)〔俗字〕、アヘックル〔子どもの文字〕などと蔑まれた。朝鮮王朝の高官たちも、新たな文字を作ることに強く反対した。漢字を捨てて独自の文字を作るなど、卑しい野蛮人のすること、恥ずべきことと考えたのである。崔万里(チェマルリ)という人物は、もし諺文を用いるなら、官職にある者たちは学問を顧みなくなる。数十年後には漢字を知る者はなくなってしまう、と嘆いた。

それでも王は、3年後の1446年に訓民正音を公布し、その使用を奨励した。訓民正音は習いやすく、とても使いやすい文字だったので、広く普及したが、国の正字はあくまで漢字であった。

「ハングル」の誕生

19世紀後半、西欧列強や日本の圧力が強まり、国家存亡に対する危機感、民族主義が高まるなか、訓民正音は「民族の文字」として注目されるようになる。1894年には訓民正音を「国文」と呼んで公文書に用いるようになった。

1910年の韓国併合によって、公の場における言葉と文字が日本語にとって代わられるなか、訓民正音に新しい名前が生まれる。「ハングル」である。大いなる文字を意味するハングルという呼称は、韓(ハン)の音ともあいまって広く受け入れられた。意外に思われるかも知れないが、ハングルという呼称はまだ百余年の歴史しか持たない。

日本の植民地支配から解放された後、1948年に成立した大韓民国ではハングルを正式に国字と定めた。朝鮮民主主義人民共和国ではハングルとは呼ばず、「チョソングル〔朝鮮の文字〕」と呼んでいる。

朝鮮民主主義人民共和国では建国当初から漢字の使用を廃止していたが、大韓民国においても1970年に漢字教育が廃止された。現在の朝鮮半島に暮らす人々の大半は、ハングルのみの教育を受けた「ハングル世代」である。

600年前、訓民正音の創製に猛反対をした崔万里の予言は半分当たった。韓国が漢字を捨て、ハングルを選んでから数十年、たしかに漢字を使いこなす人々は少なくなった。

一方、学問が顧みられなくなったとは思えない。漢字学習に使う時間を英語や数学など別の教育にあてることが可能になった。教育立国を志した韓国は、一人当たりGDPで日本をしのぐ経済大国となった。

もし約600年前に「訓民正音」が創製されていなければ、もし100年余り前に「ハングル」が生まれていなければ、韓国の現在は今と違ったものになっていたかも知れない。

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