《公開講座記録》【外国語への招待】第4回 ブラジル音楽 —その歌詞から社会を読み解く— 2023.07.08 社会連携生涯学習公開講座記録

【外国語への招待】第4回

●2023年7月8日(土) 午後1:30
●テーマ:ブラジル音楽 —その歌詞から社会を読み解く—
●講師  野中 モニカ(外国語学科スペイン語・ブラジルポルトガル語専攻 教授)

内容

ブラジルの音楽:大衆へメッセージを届けるためのツール

現在ブラジルでは、大小含めAM・FM放送局が1万局以上存在しており、ブラジル世論調査統計研究所の2020年の調査では、全国13の都市圏で約8割の人がラジオを聴き、その5人中3人は毎日聴いている、という結果が出ています。ラジオで音楽を聴く以外には、1970年代以降一般に普及したテレビや、2010年代から顕著になったデジタル配信などがありますが、特にデジタル配信は、2021年のブラジル音楽業界の85%の売上を占めています。

このように、様々な媒体を通して音楽がブラジル人の日常生活に深く関わっていることは間違いありません。音楽が身近で日常的なものとして親しまれているからこそ、多種多様なメッセージを広く大衆にアピールすることが可能になります。アーティストは自身の主義主張を訴え、また様々な社会事情・問題を大衆に届けられるのです。

ブラジルの多様な問題の概観

ブラジルの様々な側面を捉えた曲の歌詞を理解するために、ブラジルが抱えている問題を少し取り上げます。

ブラジルでは2023年現在、第39代大統領が就任しています。1889年の共和制宣言から、軍事政権時代(1964~1985年)を経て1985年に民政移管となりましたが、歴代大統領の観点から政治的不安定さは見ていきます。第31代から38代まで、大統領として当選、就任し任期を満了できたのは3名のみです。2名は弾劾裁判後失職し、3名は副大統領からの昇格でした。また、任期満了後に汚職や政治権力の乱用などで告発された元大統領もいるため、政治的な混乱、不安定さが目に見えると言ってもよいでしょう。

ブラジルは1985年の民政移管後、ハイパーインフレと通貨危機に見舞われた約10年を過ごしました。その短期間で5回も通貨の切り下げを行なったため、国民の生活は不安定な経済により大きく影響を受けています。1994年以降、通貨の切り下げは行われていませんが、最低賃金や物価はインフレ事情を反映して上昇し続けています。

その経済的影響を受けるのは社会弱者ですが、多数派であるにも関わらず社会弱者であるグループが存在します。ブラジルは1530年代~1888年まで長く続いた強制連行・奴隷制度によりアフリカをルーツに持つ人が数多く、ブラジル地理統計院の2021年調査結果では、人種・肌色の割合は自己宣言で白人43%、黒人・褐色が56.1%でした。多数派ではあるもの、同統計院の2016年調査では、貧困層においては3/4が黒人・褐色であるという結果を発表しています。奴隷制度廃止から135年、未だブラジル社会の中では虐げられている存在だと言えます。

ブラジル社会を垣間見る音楽

多くのブラジル人アーティストが自らの音楽表現を通して、ブラジルの社会問題・課題を取り上げてきました。その中から、政治、経済、人種問題を取り上げた3曲を紹介します。

① 1973年、「Cálice」

聖書の一節「Pai, afasta de mim esse cálice(父よ、その杯を遠ざけてください)を取り上げていますが、「杯cálice」の同音異義語である「沈黙しろcale-se」と歌い、言論の自由を訴えています。Chico Buarque・Gilberto Gil作詞作曲、Chico Buarque&Milton Nascimentoの声、とブラジルポピュラーミュージックの重鎮によるこの曲は軍事政権を批判する最も有名な曲と言われています。直接的な表現、批判は身の危険につながるため、比喩などを用いた歌詞が多いのもこの時期の曲の特徴です。

② 1999年、「Xibom Bombom」

アップテンポでダンサブルな曲ですが、その歌詞は次のように、社会の不平等を批判する内容です:「Quero me livrar dessa situação precária onde o rico cada vez fica mais rico e o pobre cada vez fica mais pobre. E o motivo todo mundo já conhece, é que o de cima sobe e o de baixo desce(金持ちがますます金持ちになり、貧乏人がますます貧乏になるこのひどい状況から抜け出したい。その理由は誰もが知っている、上のものは上昇し、下のものは下降するからだ。)」

③ 2015年、「A Carne」

人種差別をテーマにした曲で、「A carne mais barata do mercado é a carne negra(市場で最も安い肉は黒人の肉だ)」の一節が示すように、黒人がブラジル社会で重要視されていないことを批判する曲です。当初は人気が出なかったものの、著名なアーティストのカバーで一躍有名になった曲のため、アーティストの影響は計り知れません。
ここでは社会批判的な曲を取り上げましたが、当然すべての曲がそうであるわけではありません。様々なブラジル音楽の歌詞の意味を知ることで、よりブラジル社会の理解が深まると幸いです。

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