
《公開講座記録》【人文学へのいざない】第6回
●2026年7月27日(月) 午後1:30
●テーマ:一音節名詞 ア・イ・ウ・エ・オ
●講師 蜂矢 真弓 (国文学国語学科 准教授)
内容
古代日本語、または、古代から現代までの日本語の変遷を研究する分野を国語学と呼び
ます。今回は、その中でも、一音節名詞ア・イ・ウ・エ・オの変遷について見て行きま
す。
ハシ〔橋〕とハシ〔端〕のように、同音だが意味が異なる言葉を同音異義語と呼び、同
音異義語が発生する現象を同音衝突と呼びます。この同音衝突は音節数が少ない程起こ
りやすいので、一音節語の場合が一番起こりやすくなります。そして、国語学における
最初の時代である上代(飛鳥時代・奈良時代)は、中古(平安時代)以降に比べ、一音
節語が非常に多かった時代なので、同音衝突が多発していました。同音衝突を起こすと
意味の判別が困難になます。そのため、同音衝突を回避する必要が生じました。
その上代に存在していた一音節名詞ア・イ・ウ・エ・オが同音衝突を起こした結果、意
味の判別が困難にならないようにするために、どのように同音衝突を回避し、変遷して
行ったのかを見て行きましょう。
まず、同音衝突を起こすと、以下の何れかのようになります。
同音衝突の回避方法
①使用頻度が高く勢力の強い必要な一音節語のみを、形態を保持したまま残す。
②上下に何かを伴い多音節化する。
③既存の別の多音節語に置き換える。
④廃語にする。
では、一音節名詞アは後で説明するとして、一音節名詞イを見てみると、以下の通りに
なりました。
【ア行のイ】
イ〔汝〕→ナムチ〔汝〕・ナンヂ〔汝〕(ナムチの撥音便化):③
イ〔眠・寝〕→ネブリ〔眠〕・ネムリ〔眠・睡〕(ネブリの子音交替):③
イ〔五十〕→イソ〔五十〕:②
イ〔肝〕→キモ〔肝〕:③
【ワ行のヰ】
ヰ〔胃〕:①
ヰ〔井〕→ヰド〔井戸〕:②
ヰ〔亥〕→ヰノシシ〔猪〕:②
ヰ〔藺〕→ヰグサ〔藺草〕:②
つまり、一番使用頻度が高く、そのままの形で生き残ったのは、後にヰ→イへと変化し
たヰ〔胃〕でした。そして、それ以外の同音衝突を起こしたイ・ヰは形を変えたという
ことです。
次に一音節名詞ウを見てみると、以下の通りになりました。
ウ〔海〕:被覆形は単独では存在しないので例外
ウ〔卯〕・ウ〔兎・菟〕→ウサギ〔兎〕:②
ウ〔鵜〕:①
つまり、一番使用頻度が高く、そのままの形で生き残ったのはウ〔鵜〕で、他の同音衝
突を起こしたウ(例外は除く)は形を変えたということです。
次に一音節名詞エを見てみると、以下の通りになりました。
【ア行のエ】
エ〔榎〕→エノキ〔榎〕:②
エ〔荏〕→エゴマ〔荏〕:②
【ヤ行のエ】
エ〔柄〕:①
エ〔枝〕→エダ〔枝〕:②
エ〔江〕→イリエ〔入江〕:②
エ〔兄〕→アニ〔兄〕・アネ〔姉〕:③
エ〔胞〕→エナ〔胞〕:②
【ア行かヤ行か不明のエ】
エ〔役〕→エタチ〔役〕:②
エ〔疫〕→エヤミ〔疫〕:②
【ワ行のヱ】
ヱ〔絵〕:①
ヱ〔餌〕→ヱサ〔餌〕:②
ヱ〔故〕→ユヱ〔故〕:②
つまり、一番使用頻度が高く、そのままの形で生き残ったのは、後にヤ行のエ→ア行の
エに変化したエ〔柄〕、後にワ行のヱ→ア行のエに変化したヱ〔絵〕の二つで、他の同
音衝突を起こしたア行のエ、ヤ行のエ、ワ行のヱは形を変えたということです。
次に一音節名詞オを見てみると、以下の通りになりました。
【ア行のオ】
用例無し
【ワ行のオ】
ヲ〔緒〕:①
ヲ〔尾〕:①
ヲ〔麻・苧〕→アサ〔麻〕:③
ヲ〔峰〕→ミネ〔峰〕:③
ヲ〔雄・男・夫〕→ヲス〔雄〕・ヲノコ〔男〕・ヲトコ〔男〕:②
つまり、一番使用頻度が高く、そのままの形で生き残ったのは、後にヲ→オへと変化し
たヲ〔緒〕・ヲ〔尾〕の二つで、それ以外の同音衝突を起こしたオ・ヲは形を変えたと
いうことです。
最後に一音節名詞アを見てみると、以下の通りになりました。
【ア】
ア〔足〕・ア〔網〕:被覆形は単独では存在しないので例外
ア〔吾〕→アレ〔吾〕:②
ア〔畔〕→アゼ〔畔〕:②
アは単独母音であるため、複合語の後項部に位置すると原形を留めない可能性が高いこ
とから、そのままの形で生き残ることがなかったものと思われます。