天理大学

  1. HOME
  2. ニュース・トピックス
  3. 《公開講座記録》【天理大学公開講座】山田風太郞『人間臨終図鑑』を読む
 【生涯学習】

《公開講座記録》【天理大学公開講座】山田風太郞『人間臨終図鑑』を読む

第3回 ● 平成27年5月23日(土) 午後1:30
テーマ ●  山田風太郞『人間臨終図鑑』を読む
講 師 ● 堀内みどり おやさと研究所教授

内容

『人間臨終図巻』(上・下)は、1986年に出版され、1996年までに17刷と増刷を重ね、文庫にもなっている。著者の山田風太郎(1922〜2001)は、伝奇小説、推理小説、時代小説を著し、『魔界転生』や忍法帖シリーズがその代表として知られる。その山田が、古今東西の”著名な”人々の死のあり様について、淡々と著述したのが本書である。

死に至る彼は、 家族に囲まれ、温かい安らぎの中で、小説の傍ら「死」を見つめる作業を始めたという。戦時中に書いていた日記を読み返し『戦中派不戦日記』を出版。さらに、人歴史上の人物の死の様子を集めた本『人間臨終図巻』を出版した。日課の散歩中、したたかに転んだ山田は、病院で診察を受け「パーキンソン症候群」と告げられ、「老いとは、死に向かって身体が壊れていく過程なんだね。」と。 1996年、74歳で突然倒れ、慌てて駆け寄った妻に一言「死んだ…」とつぶやいたという。その後、筆を握れなくなり、妻による口述筆記で執筆を継続。 2001年7月28日、「いまわの際に言うべき一大事はなし」と、彼自身が愛したその言葉通り、彼は言葉一つも残さなかったといわれている。

彼がなぜこのようなものを著そうとしたのか、単に死の準備だけだったのか、大変興味深い。また、どのような視点で記述対象者を選んだのかも気に掛かる。彼は、区切り区切りで死を捉えた「ことば」を紹介し、自らも死について語っている。
”人間は他人の死には不感症だといいながら、なぜ『人間臨終図鑑』など書くのかね?” ”…いや、私は解剖学者が屍体を見るように、さまざまな人間のさまざまな死を見ているだけだ”『人間臨終図鑑』上、p148)

さて、本書の上巻・下巻の帯には、次のようにこの本について書かれている。
(上巻)この人々は、あなたの年齢で、こんな風に死んだ! 死を怖れ、死に苦しむものは、あなただけではない。この地上に生きた英雄、武将、政治家、作家、芸術家、芸能人、さらに犯罪者たちが示す人間ラストの真の様相。15歳〜64歳で死んだ人々。478名。
(下巻)人間の死は、『臨終図巻』のページを順々に閉じて、永遠に封印してゆくのに似ている!あなたはどんな死を望ましいと思うのか。荘厳、悲壮、凄惨、哀切、無意味、有意味、あらゆる死のタイプがここにある。これは人間の死に方の一大交響楽だ!  65歳から121歳で死んだ人々、450名。

10代の死は「一つの物語」のようで、筋書きがあり、それにしたがい、他に選択肢がなかったような“一途な”死:(結果として)若くして死に急いだようにも見える。時代や社会背景が関係しているのかもしれない。いずれも世間の話題となった。八百屋お七(火あぶり)、大石主税(赤穂義士・切腹)が15歳。1960年当時の社会党委員長・浅沼稲次郎を刺殺した山口二矢(17歳、少年鑑別所で自殺)もとりあげられた。また、死と密接に結びついた「病」は、その病気そのものへの対応や痛みとの闘いがずいぶん多く描かれている、その原因が貧困であったり、職業上の悩みと相応するものであったりするが、壮絶で悲しいものが多い。自殺へのプロセスともなる。時代と関連して憤死という事例もある。

死はいずれ誰にでも訪れるものではあるが、その死は平等ではない。「なぜ」と思わざるを得ないものもある。それ故、自らの「生死」観を養うことが肝要ではないかと思う。

クラブ・サークル

広報誌『はばたき』

シラバスを見る

動画で見る天理大学

情報ライブラリー

学術情報リポジトリ

iCAFé_

附属天理図書館

附属天理参考館

災害復興支援について

天理大学の自己点検・評価活動

寄付のご案内

このページの先頭へ