天理大学

  1. HOME
  2. ニュース・トピックス
  3. 《公開講座記録》【外国語への招待】手紙の文化 —中国の書と尺牘(せきとく)—
 【生涯学習】

《公開講座記録》【外国語への招待】手紙の文化 —中国の書と尺牘(せきとく)—

第4回 ● 平成26年10月18日(土) 午後1:00
テーマ ●  手紙の文化 —中国の書と尺牘(せきとく)—
講 師 ●  朱 鵬  外国語学科教授

内容

  ここ二十年来、アメリカでは「Snail Mail」という新語が誕生した。「Electronic Mail」という、相手にほぼ同時刻に伝達できる電子メールにたいして、従来の郵便局を通じて送付した書信が、まるでカタツムリ爬行のように到着が遅速なことを揶揄する意である。情報化社会では電子メールなどの出現と発展によって文字を書くことも少なくなくなり、それは確かに俄かに便利さをもたらした。また一方、書写という行為を考えても毛筆、鉛筆、万年筆、ボールペン、シャーペンという道具の変化に伴い、それによって書かれた文字の線条は、次第に細くなり、筆画単線の表現域も狭くなって、そこに表現された線の味わいはますます乏しくなったのではないかと、さみしい気持ちになる。

それは、文字の筆跡が実はその人間の一部であるからではなかろうか。その意味で、自筆の手紙はコミュニケーションの最高のツールであることは間違いないだろう。いま、世の中には漫画や心情表現のイラストなどが氾濫しており、それはそれで面白さがあるけれども、中国では昔から「字が九品、絵画が八品」と言われてきたように、自筆で書いた文字の伝達レベルは高く奥が深いとされている。

日本の漢文教科書でおなじみの杜甫「春望」の詩のなかに「家書萬金に抵る」という句がある。756年、安史の乱によって玄宗皇帝が蜀へ敗走。翌年、杜甫が北上して霊武にいる粛宗皇帝のもとへ向かう途上で、反乱軍に捕えられ、長安に連れていかれた時に発した感慨の語である。「国破れて山河あり」という感情の吐露のあと、家からの便りは万金の値打ちがあると詠じたのは、おそらく家族の近況の知らせが自分の励ましになるばかりではなく、その筆跡からは肉親の暖かみがじかに伝わってくるといっているのではないか。

そのようなことに思い至ったのは、私の研究には清朝士大夫の手紙文を読む必要があるからで、中国史上、清朝漢人の手紙ほど丁寧なものはないと時々感動する。たとえば乾隆期揚州府知事魏成憲(1756〜1831)の例を挙げると、中央朝廷の監察官である御史何道生(1766〜1806)に対する手紙は、文字の丁寧さから文面の内容まで至極礼を尽くしている。「謹上」「侍御」「大人」「閣下」の如き、最初の敬称、称呼だけでも、数個連発されている。このような丁寧な文化的空気の出現は、漢字文化の成熟の高さを示している面があろうが、そこには満州王朝の特別な政治背景が確かにその一因としてあるだろう。礼儀正しいものほど咎められるはずもないのだが、第三者の立場にたってそれを読むときに、内心何か空虚な感じがするのを禁じ得ない。なぜなら、その手紙からは丁寧というイメージのほかに、書き手の魏成憲にたいして、何の印象も残らないからである。偏った見方かもしれないが、異常に丁寧な書信は、発信者の人格を完全に覆い隠すことになり、それは赤裸々に心情を語ることを許さない緊張した人間関係を映し出していると思われるのだ。それとは対称的に、時代をさかのぼるが、宋の書家米芾(べいふつ・1051〜1107)の手紙に感激する。「恵柑帖」や「丹陽帖」など、文字から文章まで何もかも自由奔放そのものと言ってもいい。気のむくままに書かれた文字には、どの点をとってみても米芾の腕白な人格像が映し出され、1000年以上の隔たりを全く感じさせることなく、こちらにぶつかってきてくれるのである。コミュニケーションには相互理解が必要だが、自分本来の姿を隠さないことがその大前提ではないかと思われた。

「中国の書と尺牘」という副題はやや古臭く感じられるかもしれない。二十世紀に入ってから、毛筆は一部の人だけの趣味になり、それによって書かれた「尺牘」もまた骨董品扱いされている。規律正しい社会秩序、型にはまった言語習慣、機械的な生活様式、これらは複雑化した社会に生きる上でやむを得ないものだが、少なくとも文字だけは、もう少し武装をといて自己を率直に表わしてもいいのではと、内心期待するのである。

クラブ・サークル

広報誌『はばたき』

シラバスを見る

動画で見る天理大学

情報ライブラリー

学術情報リポジトリ

iCAFé_

附属天理図書館

附属天理参考館

災害復興支援について

天理大学の自己点検・評価活動

寄付のご案内

このページの先頭へ