
10月21日、天理大学附属天理図書館2階講堂において、天理大学客員教授の中江有里氏と人文学部国文学国語学科の中村晋吾准教授による対談「文学にも野球にも『物語』がある―宮沢賢治、北條民雄が書いた意味、読む醍醐味」を開催しました。
当日は、人文学部の学生や本学教職員が参加。文学作品を読むことや物語を創作することの意義、そして物語が人の人生にもたらす力について、両氏の話に耳を傾けました。
「読むこと」と「書くこと」を往還し、表現する力を養う
対談の冒頭、中村准教授が国文学国語学科の授業「文章表現Ⅰ」「文章表現Ⅱ」を紹介しました。
中村准教授は、春学期の「文章表現Ⅰ」では、「書くことを意識して読むこと」と「読まれることを意識して書くこと」を繰り返し、表現力を磨いたと話しました。
秋学期の「文章表現Ⅱ」では、井上光晴の『小説の書き方』を取り上げて「他者の運命を感じること」の重要性を講義したことを紹介したうえで、中江客員教授に創作について尋ねました。
中江客員教授は、初めて執筆した作品がラジオドラマ脚本であったことを紹介し、「物語の主人公は16歳。私自身も16歳で仕事を始めたので、自分と隣り合わせにある、もう一つの人生を想像しながら書いた」と、当時の創作を振り返りました。また、「物語を書くことを通して、自分自身を客観的に見つめる力が養われた」と語りました。

登場人物の人生を想像することが、物語を豊かにする
中江客員教授は、俳優としての経験にも言及。仕事を始めた頃、ある人から「役の履歴書を作りなさい」と教わったと話し、「登場人物の生い立ちや性格、これまでの経験などを細かく設定することで、脚本に書かれていない部分まで想像し、表現できるようになった」と述べました。「俳優も小説家も、実はとても論理的な仕事」と学生たちに語りました。
また中江客員教授は、「映像作品では人物像が一つに定まるけれども、小説は読む人の想像力によって、登場人物の姿や物語の世界が広がっていく」と、小説ならではの魅力についても話しました。
さらに、「読む力」について中江客員教授は、「筋力トレーニングと同じように、読むことにも練習が必要で、毎日続けることで想像力が育つ」と学生たちにメッセージを送りました。
一方、「書くこと」について中江客員教授は、「何を書くかだけでなく、何を書かないかを決めることも大切」と説明。登場人物の情報をすべて言葉で説明するのではなく、会話や行動の中に自然に織り込むといった工夫について丁寧に学生たちに解説しました。
北條民雄の生涯と、文学が人生に寄り添う意味
対談では、若くしてハンセン病療養所で創作活動を行った作家・北條民雄についても話題となりました。
中江客員教授と中村准教授は、北條民雄が川端康成に手紙を送ったことをきっかけに交流が始まったことなどを学生たちに紹介。川端康成が北條民雄の作家としての成長を願っていたのではないかという見方にも触れ、作家同士の交流や文学作品が生まれる背景について考えました。
話題はさらに、「人生の転換期」へと広がり、中江客員教授は、「人生には誰しも危機や転換期がある。そのとき何を考え、どう乗り越えるかが人間力につながり、その後の人生にも影響する」と語りました。
文学が持つ力について中江客員教授は、「小説は他者の人生に伴走するもの。物語を通じて自分とは異なる人生に触れることは、他者への理解を深め、自分自身の生き方を考えるきっかけにもなる。さまざまな人生を追体験できるからこそ、多くの学びがある」と述べました。


文学にも野球にもある「物語」の力
熱烈な阪神タイガースファンとしても知られる中江客員教授は、野球にも話題を広げ、「負けることから学ぶことはたくさんある。なぜ負けたのか、次にどうするのかを考えるという振り返りの営みは、文学が生まれる原点にもつながるのではないか」と語りました。
文学と野球という異なる分野を結びつけながら語られた「物語」の力は、参加者に新たな視点をもたらしました。
文筆活動20周年の新著『ホンの贈り物』を紹介
この日(10月21日)は、中江客員教授の文筆活動20周年を記念した書評集『ホンの贈り物』(立東舎)の発売日でもありました。
中江客員教授は新著を手にとりながら、表紙のイラストが新美南吉の『ごんぎつね』をイメージしていることを説明し、『ごんぎつね』のラストシーンにまつわるエピソードも披露。学生たちは、なじみのある作品についての話に懐かしさを感じながら、真剣に聞き入っていました。
対談の最後、中村准教授は、「書評をぜひ活用してほしい」と学生たちに呼びかけました。中江客員教授も、「書評は本と読み手をつなぐ橋渡しのようなもの。それぞれの好みに合う一冊と出会うきっかけにしてほしい」と語り、本との出会いを広げることの大切さを伝えました。
対談後には質疑応答が行われ、学生からは、中江客員教授が雑誌『すきっと』(道友社)で連載していた「文学紀行」について、「特に印象に残っている場所はありますか」と質問が寄せられました。
中江客員教授は、川端康成の小説を原作としたドラマ『古都』に出演した経験を紹介したうえで、「ドラマの撮影で訪れた京都を「文学紀行」で再び訪れることができ、当時のことを懐かしく思い出した」と振り返りました。


今回の対談は、文学作品を読むことや創作することの奥深さに触れるとともに、物語が人の人生や成長に果たす役割について理解を深める機会となりました。
参加した学生たちは、文学を通じて他者の人生を想像することや、言葉によって経験を表現することの大切さを学んだほか、文学を読むことの意義を改めて考える機会となりました。