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 【歴史文化学科歴史学専攻】

小暮実徳『東西海上交流の起源』

【教員図書紹介】①

 
 海国日本の黎明期における蘭学とオランダ海軍の影響は?
 
  ポルトガル・スペインによって西洋への目を開かされた日本は、キリスト教の布教にこだわる両国から、交易に目を向けるヨーロッパの新興国オランダとの交流を深めました。
 日本とオランダとの関係は1600年のリーフデ号到着から、日本のいわゆる「鎖国」の間も続き、現在に至っています。16世紀後半、遠洋航海の技術を向上させたオランダは、既に海上先進国であったスペイン・ポルトガルをも凌駕することになりました。アジアに目を向け、1602年にオランダ東インド会社を設立して、その成功を基点にヨーロッパの海上大国に躍り出ました。東西貿易のネットワークを築き上げ、17世紀にはその「黄金期」を現出させました。この流れを見れば、オランダの海上進出の一環に日本も含まれたことは自然なことでしょう。
 では、オランダは、どうしてこのように展開できたのでしょうか。もちろん、単なる偶然ではなく、海上輸送能力の向上、ヨーロッパ大陸における東西沿岸貿易(バルト海とスペイン・ボルトガル地域、更に地中海間)の確立、遠洋航海・貿易に関する知識の獲得があったからです。
 本書では、「なぜオランダ人が、日本へ向かったか」という視野から、オランダによるヨーロッパから世界への海上展開とその日本における活動を、具体的に考察しています。長崎の出島を拠点にしたオランダとの交流は、〝海国日本〟への道を開く航海術と海軍創設の礎でもあったのです。(2017年02月刊行)

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