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 【宗教学科】

宗教学科 オリジナルコラム−「立憲主義」の宗教史的起源(2014年6月22日号)

 集団的自衛権をめぐる政府の動きが喧しい。国民の関心がサッカーW杯に向かうこの時期だからこそ、あえてこの問題を取り上げたい。

 今回の一連の議論で鍵となる用語に「立憲主義」がある。通常この立場は、憲法に基づき、政治権力を制限する思想という意味で用いられる。国家が国民に対してその遵守を要求するのが「法律」(law)であるのに対し、「憲法」(constitution)は逆に、主権者である国民が国家権力を縛るものだとする。憲法はさまざまな法律の最上位にあるものと捉えられがちだが、むしろ二つは、対象とする方向が正反対なのである。

 ところで、この思想はどこから来たものなのだろうか。実は、ある権力を「法の支配」によって制限するという発想の原型は、意外にも、教皇の権威が最も高まった中世カトリック教会にある。

 中世末期のカトリック教会では一時、3人の教皇がそれぞれ権威を主張する「大分裂」(1378-1417)が起こった。この事態の収拾を図るべく、教会の最終的な権威を教皇個人ではなく、公会議における「同意」に求めようとする「公会議主義」が生まれた。公会議での同意の達成を、神の意志、すなわち「神意の発露」として捉えたのである。

 逆に、一定の同意に達しなかった場合、神意は発現しなかったことになり、公会議の正統性に疑いが生じることになる。公会議派と対立する教皇派は、この主張して再び優位な立場を築いていき、結果的に公会議派は敗北した。

 しかし、それによって公会議主義の立憲思想までもが消滅したわけではなかった。君主の権威に法的な制限を加えるその手続きは、成立過程にあった16~17世紀の西欧近代国家の法体系に、直接的・間接的な影響を与えたと見る有力な解釈も存在する。

 この歴史から学べるのは、立憲思想において人間を制限し得るような法体系の根拠には、何らかの“神聖性”が求められているということである。昨今の憲法解釈をめぐる諸問題の根本には、私たち国民が、この神聖性をいかに捉えるかという大きな問いがあるように思われる。

 

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