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 【リレーエッセイ 感染症と人類7】

「赤」に込められた祈り

幡鎌真理 天理大学附属天理参考館日本民俗室 学芸員

世界的に新型コロナ感染症が一向に収束に向かわない状況の5月、日本では風薫る快適な季節です。沖縄以外は梅雨もまだ先の、爽やかなその同じ5月、今から40年前の1980年5月8日にWHOが地球上からの天然痘根絶を宣言しました。1796年イギリス人医師エドワード・ジェンナーによって種痘が発見されるまで、痘瘡(天然痘は通称)は人類史上最も致死率の高い感染症として恐れられてきました。20世紀だけでも2億人から3億人の命を奪ったと言われていますが、その20世紀に、紀元前1万年以上前からの長年にわたる闘いに勝利することができたのです。

痘瘡ウィルスが気道感染によってヒトからヒトへ伝播する、など昔の人は知るよしもなく、日本では古来、疱瘡神に取り憑かれることによって罹患すると信じられてきました。全身に発疹が出て赤くなる症状のゆえか、疱瘡神は“赤い”と連想され、赤といえば“猩々”が結びつきました。この“赤”は酔っ払って赤ら顔という意味です。

図1が猩々人形で、江戸時代には疱瘡見舞に贈答されました。猩々は、全身朱色の長い毛で覆われた猿のような姿(もちろん想像上の動物)をしていて、無類の酒好きと考えられていました。能の『猩々』では、美しい月夜、孝行息子の前に水中から出現した猩々が、息子の徳を褒めて泉のように尽きることのない酒壺を与えて姿を消します。図1左が孝行息子と推測できますが、機嫌良く壺から柄杓で汲んだ酒を飲んでいるのは右の猩々です。双方とも愛らしい童顔の衣裳人形で、製作年代は確定できませんが、江戸時代の京都製の上手物と考えられます。庶民はもっと安価な張子製の猩々人形(図2)やだるまを贈りました。“赤鬼”ではなく福神でもある“猩々”を設定するのがいかにも日本らしいですね。

疱瘡は命取りになる危険な病気ですが、乗り切れば生涯二度とかかる恐れはありません。免疫を獲得できれば大丈夫なのだという共通認識が当時からあったようです。記録によると疱瘡の流行間隔が短く、どうしても乳幼児がかかってしまいます。全身真っ赤で赤を好む疱瘡神のために、子どもの玩具は真っ赤に塗り、子どもには取り憑かずに玩具へ関心を逸らせたい、あるいはご機嫌をとって見過ごしてもらいたいと親は切実に考えました。赤が華やかな色だからというのではなく、魔除けの意味も込めてそこには厳然と理由があったのです。「赤物」と呼ばれる玩具がそれです。

さらに当時、疱瘡の出来物の色が真っ赤な病人は比較的軽く済むという医学上の定説があり、医学的な知識と疱瘡神が融合して赤色への信奉が強まったとも考えられます。ちなみに、だるまは“倒れても起き上がる”快復を、張子製は病状が“軽く”済む願いが込められています。

明治4年の廃藩置県の前、まだ維新後の情勢が収まっていなかった明治3年4月24日に新政府は各府藩県に対して種痘を実施するよう指示しています。「種痘は命を救う最良の策である。僻地ではまだ実施していないところもあるので、各地方においては末端の人々まで行き届くように手厚く対処すべし」と告諭した太政官布告の「種痘方規則」がそれです。今から150年前の同じ日本でこのような施策が取られていました。明治政府の英断でしょう。

天理大学附属天理参考館では、人々の生活・信仰にかかわり深い資料を数多く所蔵しています。

参考文献
斎藤良輔『郷土玩具辞典』(東京堂出版、1976年)。
天理ギャラリー第91回展図録 『祈りと願いの人形-日本の郷土玩具』(天理ギャラリー、1992年)。

図1 猩々人形 京都 江戸末 高22.6cm(天理参考館蔵品)
図1 猩々人形 京都 江戸末 高22.6cm(天理参考館蔵品)
図2 寛政10年刊『疱瘡心得草』より「疱瘡神祭る図」 柄杓を持った猩々人形を祀っている
図2 寛政10年刊『疱瘡心得草』より「疱瘡神祭る図」 柄杓を持った猩々人形を祀っている

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