宗教学科 オリジナルコラム−「イスラム国」勢力急進の1年(2014年12月14日号)
宗教という視点から今年の国際社会を振り返れば、やはり「イラク・シリアのイスラム国」(ISIS)の台頭が際立っている。
「イスラム国」は、イラクとシリアの領土内で、今年半ばから急速に勢力を拡大させてきたイスラム教スンナ派の武装組織である。元来はイラク北部を拠点としたアルカイダ傘下の一組織であったが、シリアでの内戦に「イスラム国」として軍事介入し、スンナ派と対立するシーア派系のアサド政権を攻撃した。
現在、イラクやシリアにおける国家分裂の“真空地帯”を次々と占拠し、多くの油田やガス田を支配下に治めるなどして、軍事面でも資金面でもその社会的基盤を構築しつつあるという。
注目すべきは、「イスラム国」が「カリフ制イラム国家の復活」をその主張の一つに掲げている点である。「カリフ制」とは、預言者ムハンマドの後継者=代理人(カリフ)を指導者とする、イスラム共同体(ウンマ)の支配体制である。歴史的には、7世紀のムハンマドの死後、4人のカリフが続いたが、後継の座を巡って対立が生じ、結果的に宗派の分裂にまで発展した。
その後、カリフ制は紆余曲折を経て、16世紀以降のオスマン帝国において復活し、同帝国が解体する1924年まで続いた。
また、オスマン帝国解体の際、英仏による帝国主義的な分割統治案「サイクス・ピコ協定」が結ばれ、これが今日の中東諸国分割の大枠となった。そしていま、「イスラム国」が主張するのは、かつての欧米列強によるこの協定の枠組みを否定し、カリフ制を復活させるというものである。
急進する「イスラム国」は、「カリフによるウンマの統治」という理想を、スンナ派ムスリムの“統合の象徴”として再び機能させようとしている。そして、それは同時に、帝国主義時代の西欧諸国による国家の分割、さらには近代西洋的な「国民国家」像そのものに対する、強烈な“異議申し立て”という性格を含み持っているのである。
宗教史から世界を見ると、ある出来事や主張の見え方が大きく変わることがある。
上記の意味において言えば、このイスラム教武装組織が、あえて自らを「国家」(state)と名乗ることと、近代西洋的な国家観に立脚する私たちがそれに対して違和感を禁じ得ないこととは、実は表裏の関係にあると言えるかも知れない。
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