宗教学科 オリジナルコラム−中東情勢の変化とその背景(2013年2月24日)
アルジェリア人質事件から、1カ月が過ぎた。邦人10人が犠牲になるという結末に、日本にも大きな衝撃が走った。
より広い視野から見れば、この事件は、中東のイスラム諸国の情勢が新たな局面に入ったことを示唆するものであろう。
そして、それには大きく二つの要因が考えられる。一つは「アラブの春」がもたらした政治体制の変革であり、もう一つは、米国の中東政策全体の変化である。
前者については、「アラブの春」によってエジプトやチュニジアなどの長期独裁政権が倒れた結果、現在それらの国々は体制移行期の不安定な状況にある。そこに共通して見られるのは、穏健なイスラム主義を掲げる新政権のもとで、イスラム厳格派とリベラル・世俗派とが鋭く対立するという構図である。
厳格派がシャリーア(イスラム法)の厳密な導入を訴える一方で、そうしたイスラム色を極力排除しようとするリベラル派とが強い緊張関係にある。エジプトにせよチュニジアにせよ、政府はそうした状況下で難しい舵取りを迫られている。
一方、米国の中東政策の変化については、先日のオバマ大統領の「一般教書演説」に端的に表れている。オバマ氏はそこで、現在アフガニスタンに駐留する米兵の約半数をこの1年で帰国させることに加え、今後、米国は、中東諸国に伸長するアルカイダ系のテロ組織とはあえて戦わない姿勢を打ち出した。
もちろん、こうした変化は同国の財政難によるところが大きい。だが、その背景には、米国で現在進行中の「シェール革命」という要因もあるだろう。
今後、米国内でシェールガス・オイルが安定的に産出可能になれば、米国はこれまでのように、中東情勢の安定化を通したエネルギーの安定的確保という外交政策を掲げる必要がなくなる。従来米国が外に対して訴えてきた「正義」の理念は、往々にしてエネルギー政策という現実問題によって支えられていた。
このように、まずは中東諸国の政治情勢の不安定化によって、従来は強固な独裁政権のもとで流入を抑えられていた武装勢力が、いまや砂漠地帯に縦横に展開する余裕が生まれた。こうした情勢の変化は、間接的にではあれ、今回の人質事件のような武装勢力の展開を促した要因の一つと考えられる。
加えて、米国はそうした武装勢力に対応するだけの経済的体力も外交的正当性も、もはや持ち合わせてはいない。
中東情勢がこのように大きく変化しつつある中で、今後も中東の石油に頼らざるを得ない日本には、イスラムに対するより深い理解を含めた、独自の中・長期的ヴィジョンが求められているように思われる。