《公開講座記録》【多文化理解へのいざない】第1回 インバウンドが見る奈良の宗教 ー仏教・神道・天理教、キリスト教との共通点?ー 2025.12.18 社会連携生涯学習公開講座記録 # 公開講座

《公開講座記録》【多文化理解へのいざない】第1回

●2025年11月30日(日) 午後1:30
●テーマ:「インバウンドが見る奈良の宗教」
 ー仏教・神道・天理教、キリスト教との共通点?ー
●講師  山田 政信  (国際文化学科 教授)

内容

 近年のインバウンドの増加は奈良市内でも顕著である。筆者はスペイン語圏・ポルトガル語圏からの訪日客を対象にフリーツアーガイドを行っており、その交流の中で日本の宗教文化に関する多様な質問を受けてきた。彼らの宗教的背景にはキリスト教、とりわけカトリックが強く存在する。彼らが日本の宗教文化に触れた際、異質性に驚くと同時に、思いがけない共通点を見いだすことができる。本講演では、彼らの反応を手がかりに、イベリア世界と日本の宗教文化にどのような相違点と共通点が見られるのかを比較宗教学的に考察した。

 イベリア半島と日本の関係は、15〜16世紀の大航海時代に始まる。1492年、コロンブスはマルコ・ポーロの『東方見聞録』に描かれた黄金の国を目指して航海し、日誌に「シパングに到達したと思われる」と記している。一方、1549年にはイエズス会宣教師フランシスコ・ザビエルが日本に来航した。その背景には、スペインとポルトガルがローマ法王の仲介で締結したトルデシージャス条約がある。この条約は地球を東西に分割し、西側をスペイン、東側をポルトガルの宣教領域と定め、日本はポルトガル側に位置づけられたのである。

 ポルトガル宣教師ルイス・フロイスは『日本史』において日本社会と宗教文化を詳細に記録している。彼は1565年に奈良を訪れ、当地にもキリシタンが存在したことを報告している。たとえば宇陀市榛原の沢城では、城主がキリシタンに改宗した高山ジュスト右近の父高山ダリオであり、城内に教会を設けていた。教会内には茶室が設けられており、茶道とカトリックの興味深い関係性が見て取れる。「狭い門から入りなさい。滅びに至る門は大きく、道も広いが、命に至る門は小さく、道も狭い」(マタイ7:13–14)というくだりは、まさに「躙り口」から茶室に入る際の所作や象徴性と響き合う。

 フロイスはまた春日大社で巫女たちの激しい神懸りを目撃し、「名だたる魔法使い」と表現した。「紙片を付けた棒」(大幣)を手に舞い、失神するほどのトランス状態に入る様子は、当時のシャーマニズム的な宗教実践を生々しく伝えている。

 春日大社には62の社が存在し、八百万の神を祀る多神教的信仰が展開されている。フロイスはこれを「誤った救いへの渇望」と批判するが、実際にはカトリックも多数の聖人崇敬や地域ごとのマリア信仰を持ち、多神教的要素を色濃く残す。異なる文化に属しながら、宗教的な構造に共通点を見いだせる点は重要である。

 さらに、二月堂の本尊である十一面観音が海中から発見されたという伝承は、カトリック世界の「聖母の出現」によく似ている。ブラジルの守護聖人アパレシーダの聖母像も同様に川から引き上げられたものであり、水辺から聖なる像が出現するという神話の構造は文化を超えるのである。

 フロイスが訪れた東大寺は鎌倉再建期の巨大伽藍で、大仏を囲む四天王像の記述は創建当初の姿をしのばせている。悪霊を踏みつけるその姿は、カトリック聖人の大天使ミカエルを想起させる。また、焼き討ちの際、三好軍のキリシタンが「創造主以外の崇敬を否定する」として大仏殿に火を放ったと記しているが、その真偽は不明である。

 日本の宗教文化に見られる「死者の帰還」という観念は、メキシコの「死者の日」と強い類似性を持つ。マリーゴールドの花道やアレブリヘは、日本のお盆における迎え火や精霊馬ときわめて近い象徴性を持ち、祖霊が往来する世界観を共有している。

 キリスト教世界で多神教的要素を否定したのはプロテスタントであったが、日本では新宗教が唯一神的体系を形成している。天理教は1838年の中山みきの神がかりを起源とし、唯一神の属性を「十柱の神名」が表している。たとえば「くにとこたちのみこと」は、神道の龍神や弁財天、カトリックの聖ニコラスが水の守護者とされる点と重なっている。

 スペイン語圏・ポルトガル語圏の訪日客の視点を通して日本の宗教文化を見つめると、相違点と同時に深い共通性が浮かび上がる。本講演では、こうした時空を飛び越える文化横断的な比較を通して、日本の宗教文化をより多角的に理解する視座を提示した。

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