
《公開講座記録》【人文学へのいざない】第2回
●2025年5月31日(土) 午後1:30
●テーマ:「直観の心理を知ろう ーあらたな無意識ー」
●講師 高森 淳一 (心理学科 教授)
内容
認識や判断における無意識的な心の働き、わけても直観の役割について、心理学および脳科学の知見をもとに解説した。そうした無意識は、精神分析のいう抑圧された衝動、不合理で不適応的な心の働きとは違い、合理的、適応的、危険回避的、創造的でありうる。
1.早い思考と遅い思考:直観とは
まず、ノーベル経済学賞受賞者カーネマンの理論に基づき、「早い思考」と「遅い思考」の区別を紹介した。「早い思考」は、無意識的・自動的・直感的であり、迅速な判断が求められる場面で重要となる。それは、火事場で危険を即座に察知しなければならない消防士に必要とされるような思考といえる。他方、「遅い思考」は、意識的・熟慮的な思考で、これはふつうに言われる思考といってよいだろう。
「早い思考」に含まれる直観は、広範な記憶を統合して作動する脳の高度な機能であり、論理的思考を包含し、それを凌ぎさえするものと位置づけられる。
2.知らないことを知らない
無意識の作用について、心理学の実験を多数紹介した。たとえば、ダットンの「吊り橋実験」では、吊り橋を渡ったことによる恐怖心を、誤って恋愛感情と解釈する傾向が見てとれる。ストームズ & ニスベットの「逆・偽薬効果」の実験や、フェスティンガーの「認知的不協和理論」の実験においても、ひとは、自分自身の体験を無意識のうちに解釈、そして改変し、そのことを自覚できていないことが示唆される。
さらに、グリーンウォルドらによる「潜在連合テスト(IAT)」によって、人種に対する無意識の偏見が明らかとなることも紹介した。リベットの実験に言及しながら、自覚的な「自由意志」は、脳の無意識的な活動を後追いしている可能性について述べた。リベットの実験では、意識的な意思決定よりも先に、動作に向けて脳波が変化していることが確認されている。
3.知っていることを知らない
出典健忘や重度の記憶障害を持つ症例(HM)を通して、エピソードとしては記憶されていないにもかかわらず、無意識のうちに、行動パターンが学習されていることについて紹介した。
そうした知見は、明示的な記憶が失われても、潜在的な記憶や技能が保持されることを示しており、意識の関与なしに、学習が成立することを裏づけている。
2000年代にfMRI技術が発展し、脳科学は飛躍的に発展した。そのなかで、デフォルトモード・ネットワーク(DMN)が発見された。DMNは分散型ネットワークにおいて、中心的な役割を果たしており、刺激のない休息時に活性化している。直観的思考は、このDMNによって支えられていると考えられる。
クリティカルシンキングと対比できる、脳を分散的に広く使う水平思考は、詩作、数学的直観、科学的発見など、創造的な思考の源泉として活躍する。そのことが分かる逸話を、いくつか紹介した。たとえば、数学者の岡潔は、嗜眠性脳炎のあだ名がつくような状態から難問を解決した。化学者ケクレは、夢の中でベンゼン環の構造を着想した。また、発明家のハウは、ミシン針の穴の位置をどうすべきか、夢のなかで示唆を得た。
今日、夢は、フロイトが論じたような「隠された願望充足」としてではなく、心がさまよう状態(マインド・ワンダリング)の視覚的増強版と考えられている。それを考えると、夢が創造的でありうるのは、納得がゆく。
5.直観を鍛える:実践知
最後に、実践知の重要性について述べた。具体的には、録画映像から心肺蘇生をしている人物6名のなかから、本物の救命士1名を見分ける実験の結果を通して、経験に基づく直観的判断の正確さについて示した。
「直観を鍛える」とは、ユング派分析家、河合隼雄の言葉である(ちなみに河合は、大学では数学を専攻していた)。直観は、ただ却下するのでもなく、無条件に信奉するのでもなく、鍛える必要がある。