
《公開講座記録》【ウェルネスライフのすすめ】第2回
●2025年11月15日(土) 午後2:00
●テーマ:「がんを引き起こす病原体と発がんの予防」
●講師 西川 武 (臨床検査学科 教授)
内容
本講座ではまず、「病原体」とは人間にとって不都合な微生物や感染性因子を指す概念であり、地球上の多様な生き物の長い進化の中で人間が便宜的につけた呼び名に過ぎないことを確認しました。細菌・ウイルス・寄生虫など病原体の分類と、日本で話題になっている感染症の例を挙げつつ、私たちの生活と病原体がいかに密接に結びついているかを示しました。そのうえで、「がんとは何か」を国立がん研究センターの統計を用いて概説し、がんの一部は喫煙や生活習慣だけでなく、特定の病原体感染が原因となることを強調しました。
次に、国際がん研究機関(IARC)がグループ1発がん因子と位置づける代表的な病原体として、ピロリ菌・B型/C型肝炎ウイルス・ヒトパピローマウイルス(HPV)を取り上げました。ピロリ菌については、らせん状の細菌が胃粘膜に長期にすみつくことで慢性胃炎・萎縮性胃炎・腸上皮化生へ進み、最終的に胃がんリスクを高める「長期持続感染」の流れを説明しました。除菌治療によって胃がん発生リスクはおよそ1/2〜1/3に減らせる一方、すでに萎縮や腸上皮化生が進んだ胃ではリスクが残るため、内視鏡フォローと組み合わせた早期発見が重要であることを示しました。また、保険診療で除菌が行われる条件や、内視鏡検査・尿素呼気試験などの検査法にも触れ、「検査で見つけて、必要な人にきちんと除菌する」という現実的な戦略を提示しました。
肝炎ウイルスでは、B型・C型肝炎が慢性肝炎から肝硬変を経て肝がんへ進展する自然史を示し、日本肝臓学会のガイドラインに基づき、C型肝炎の治療により九割以上の患者でウイルスを排除できる時代になったことを紹介しました。奈良県の住民健診や保健所の無料検査、「生涯に一度の肝炎ウイルス検査」や陽性者フォローアップ事業の仕組みを通して、感染に気づかず放置しないことの大切さを強調しました。
HPVと子宮頸がんについては、HPV16/18が子宮頸がんの主原因ウイルスであること、若年女性の多くの感染は自然に消失する一方で、一部の持続感染が前がん病変から浸潤がんへ進むことを図で示しました。妊娠年齢と発症年齢のピークが重なり、妊娠中に異常が見つかる例も少なくない現状を日本のデータで説明しました。ワクチンをめぐる日本の「積極的勧奨差し控え」とその後のWHOによる批判、名古屋スタディで安全性に大きな懸念が否定されたこと、新潟スタディでHPV16/18感染と前がん病変が大きく減少したこと、勧奨中止世代で再び感染率が上昇したことを紹介し、「打てば感染と前がん病変が減り、止めると元に戻る」というエビデンスを示しました。そのうえで、若い世代へのHPVワクチンと20歳以降の検診を両輪とした対策の必要性を述べました。
最後に、病原体はがんの原因となるだけでなく、遺伝子治療ベクターや腫瘍溶解性ウイルス、BCG膀胱内注入療法のように、がん治療の「味方」としても利用されつつあることを紹介しました。まとめとして、病原体は「敵」であると同時に長年の「同居人」でもあり、原因が分かっているがんの多くは、感染予防・検査・治療を組み合わせればかなりの部分を防げること、「予防し、共存し、制御する」ことがこれからのキーワードであると締めくくりました。また、市民公開講座という場であることを踏まえ、専門的な数値や用語だけでなく、「一生に一度の検査」「若いうちのワクチンと年齢を重ねてからの検診」「気になる症状があれば早めに相談」といった具体的な行動目標に落とし込むことを心がけました。参加された皆さんが今日の話を、自分自身と家族の健康を守るための一歩につなげていただくことを、本講座のいちばんのゴールとしました。