《公開講座記録》【人文学へのいざない】第6回 関西弁の今-若者の否定形式「~ヤン」を中心に- 2025.07.21 社会連携生涯学習公開講座記録 # 公開講座

《公開講座記録》【人文学へのいざない】第6回

●2025年6月28日(土) 午後1:30
●テーマ:「関西弁の今-若者の否定形式「~ヤン」を中心に-」
●講師  鳥谷 善史  (国文学国語学科 教授)

内容

 2年前に、「2023年度【人文学へのいざない】第3回「大阪弁の今─関西共通語化の視点から-」として講演を行ないました。前半部分は、前回同様、関西弁や大阪弁の特徴の概略を説明しました。後半部分では、発表者が継続的に調査研究を続けている「若者の否定形式「~ヤン」」の関西各府県の使用実態や分布状況の特徴及び、その要因をお話ししました。

具体的には前半部分では、
1.関西弁(≒近畿方言)の範囲
2.地域共通語化としての関西共通語化
3.京ことばvs大阪弁
  a.ハル敬語 b.否定辞ヘンとの接続
4.関西弁の特徴
 4.1音声・音韻
  a.母音 b.長呼と長音の短音化 c.子音 d.シとヒの交替 e.ザ・ダ・ラの混同 
 4.2 文法・表現法
  a.東西対立型分布と関西弁 b.「イル」と「オル」 c.否定辞(1) d.否定辞(2) 
 4.3語彙
  a.麦粒腫(京ことばVS大阪弁 メイボVSメバチコの結末)
5.大阪弁の今
 5.1大阪府の方言区画
  a.伝統的な方言区画 b.方言区画の再編

など、関西弁の範囲の定義や関西弁の特徴について、京ことばや大阪弁、和歌山弁の具体的例を示しながら説明しました。

後半部分では、
6.大阪弁の今 若者の否定形式「~ヤン」を中心に
 6.1 関西の大学生の実態
  a.府県別集計結果
 6.2 「~ヤン」が大阪の若者に取り入れられた要因仮説
  a.和歌山県や三重県の高校生及び大学生の大阪への通学(流入:言語外の要因:言語接触)
  b.「~ヘン」から「~ン」への変化(言語内の要因:「~ヘン」「~ン」VS「~ナイ」)
  c.「~ヘン」があまりに大阪弁くさくて大阪の若い女性に飽きられ、嫌われはじめ、かわいらしい響 
   きの「~ヤン」が取り入れられた(使用要因:言語外の要因:心理的志向)
7.流入後の伝播状況
8.方言を研究する意義
  〇現代日本語の研究(国語(日本語)学)
  〇日本語の歴史(国語(日本語)史):方言周圏分布
  〇社会の変化と言語変化の相関(社会言語学)
  〇言語政策の基礎資料(社会言語学)

についてお話ししました。とりわけ、「6.1 関西の大学生の実態 a.府県別集計結果」では、岸江他(2017)『近畿言語地図』の高年層の集計結果と「平成末関西大学生調査」、「令和1-5関西大学生調査」の調査結果を比較し、関西弁や大阪弁の変化状況を解説すると共に、その要因について現在の考えを述べました(表5・6・7)。

 また、「7.流入後の伝播状況」として、調査結果の言語地図から、関西地域の文化的・経済的中心である大阪から、京都府や兵庫県に徐々に「伝播」している状況を確認しました(図3・4)。

 ただ、表5・6・7の各府県の使用率から、逆に本来、「~ヤン」の使用地域である和歌山県や三重県の若者 では、むしろ「~ヘン類」の「ミーヒン」の使用率が増えていることがわかります。つまり、大阪府周辺の府県では、「ミーヒン」を大阪弁と認識し、それを積極的に取り入れているのです。つまり、大阪の若者とその周辺の若者とでは、変化の方向が逆になっているということです。ただ、今後、五段動詞以外では「~ヤン」類が再び大阪から「伝播」し、最終的に関西の否定形式は「~ヤン」に収束していく可能性が強いのではないかという予測を述べました。つまり、五段動詞以外では「~ヘン」ではなく「~ヤン」が関西共通語形になるのではないかという ことです。

 最後に、「令和1-5関西大学生調査」の「新しい商品」の調査結果から、発表者を含め大阪弁話者の壮年層・高年層では単に「サラ」というか「サラッピン」と促音を入れた5拍の形式が多いのですが、若者では「サラ」以外に「サラピン」と促音を入れない4拍の語形が増えつつあります。これは標準語の「シンピン」に対応置換して生まれてきた新しい形式だと考えられることを述べました。つまり、関西弁が標準語の侵入や影響を受けながらも日本語第2位の言語圏として独自の変化をとげ生き続けていこうとしている姿が垣間見られます。

参考文献一覧

井上史雄(1998)『日本語ウォッチング』岩波新書
大西拓一郎編(2016)『新日本言語地図』朝倉書店
岸江信介・中井精一(1994)『京都~大阪間グロットグラム』近畿方言研究会
岸江信介・中井精一・鳥谷善史(2009)『大阪のことば地図』和泉書院
岸江信介・清水勇吉・峪口有香子・塩川奈々美編(2017)『近畿言語地図』徳島大学日本語学研究室
岸江信介・中井精一(2022)『地図で読み解く関西のことば』昭和堂
真田信治監修・岸江信介・高木千恵・都染直也他編著(2018)『関西弁事典』ひつじ書房
佐藤亮一監修(2002)『お国ことばを知る 方言の地図帳』小学館
鳥谷善史(2014)「第12回大阪弁から 大阪のおっちゃんは「見やん」「来やん」て「言わへんねん」―大阪の若者の間で広がる否定の「~ヤン」」WEB国語教室おくにことばの底力,大修館書店ホームページ(https://www.taishukan.co.jp/kokugo/media/
鳥谷善史(2015)「関西若年層の新しい否定型式「~ヤン」をめぐって」『国立国語研究所論集9』国立国語研究所
鳥谷善史(2022)「打消しの表現─関西方言の否定形式の地域差とそのバリエーション」岸江信介・中井精一編『地図で読み解く関西のことば』昭和堂 鳥谷善史(2024)「関西若年層の否定形式「~ヤン」その後-その流入と流入後の伝播状況-」『山邊道』天理大學國語國文學

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