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 【リレーエッセイ 感染症と人類1】

疱瘡の神様と疱瘡地蔵

齊藤純 教授(文学部歴史文化学科考古学・民俗学研究コース:博物館学、日本民俗学)

兵庫県高砂市曽根町に「曽根の松」で有名な曽根(そね)天満宮があり、境内の一角に、風化した奇妙な板碑が祀られています(写真1)。2002年と2003年の夏、天理大学の民俗学実習で、曽根町にある県指定文化財入江家住宅の民具整理を行っていて、そこに通う途中でこれを見ました。傍(かたわ)らの石の説明板に「ほうそう神様」とあり、「疱瘡(ほうそう)」、別名「天然痘(てんねんとう)」に関わる神様だとわかります。説明は次のように記されていました。

当天満宮に残っている最古の石造物で一三〇〇年代(鎌倉時代末期)に造立されたものと思われる/江戸時代中頃から難病や流行病の予防治癒を祈願するようになった 殊(こと)に疱瘡の神様として広く信仰を集め赤い紙に氏名年令を記し貼りつけたり結えたりして願かけをしていた/この石造物は風化がかなり進んでいるが造像形式あるいは当時の信仰習俗等から石板に台座の上に立つ仏三体が半陽刻された三尊石仏像であろうと類推される/昭和五十五年十月吉日
昭和39(1964)年の『高砂市史 曽根篇』によると、当初から同社の境内にあったものかどうか神官も承知していません。老人の話によると、赤い紙は付近の木の枝にも結ばれ、時々石のへこんだ所に赤い紙がねじ込まれているのを見たことがあったということです。

疱瘡は全身に瘡(かさ)蓋(ぶた)ができて高熱を発し、致死率の高い感染症です。治癒しても痘痕(あばた)が残り、19世紀に現在の予防接種が普及するまで、大変恐れられました。予防や治療が未発達な時代、人々は神に祈り、可能なかぎりの医術とまじないに頼りました。日本でも古代から疱瘡とされる記録があり、以来、たびたび猛威をふるっています。疱瘡に効く「疱瘡神」は、稲荷や虚空蔵(こくぞう)菩薩など様々ですが、在来の神仏が疱瘡神になる例が多く、たまたまの効果や神のお告げで、こうした神様がはやりだしました。曽根天満宮の板碑は古いものですが、おそらく初めからの「疱瘡神」ではないでしょう。なお、赤い物が疱瘡除けのまじないに使われる例は多く、赤色の縁起物や玩具、版画などが知られています。

さて、奈良県にも有名な疱瘡地蔵があります。奈良市柳生町中村集落の南のはずれ、山越えで隣村に抜ける道の傍らに祀られています(写真2)。有名といっても、室町時代の正長(しょうちょう)年間(1428~1429)の土一揆に関する碑文に歴史的価値があり、「正長元年柳生徳政碑」の名称で国史跡に指定されています。教科書・歴史書などで紹介されているので、碑文の説明はそちらに譲りますが、別に「元応元年己未十一月日」の刻銘があり、地蔵は元応(げんおう)元年、つまり1319年に彫られたとわかります。これが、後に「疱瘡神」になったのです。

疱瘡地蔵は、山腹に露出する大岩に地蔵を彫ったものですが、大岩を祀る例は各地にあり、もともとは岩自体が村境の守護神だったと考えられます。その後、地蔵信仰が普及し、岩肌に地蔵の姿を彫りつけたのでしょう。民間信仰の世界では村境は別世界にも通じていて、霊魂や神霊、悪霊などがこの世に訪れ、また出ていく場所でした。享保年間(1716~1736)の『柳生家雑記録』によると、ここに地蔵堂があり、昔は「龍灯」が上がったという伝承が記されています。「龍灯」とは、水中の別世界に住む龍神が灯(とも)すという怪火ですが、ちょうどこの地蔵の下に川が流れていて、そうした立地が龍灯伝承を生んだと考えられます。かつては疱瘡の原因の悪霊を村境に送る儀式が各地で行われていました。この地の大岩に彫られた地蔵も、儀式と同じ境の考え方によって「疱瘡神」とされたのでしょう。

こうした神様や地蔵を見ると、疱瘡の流行に際し、あらゆる神仏を「疱瘡神」に仕立て、その霊験にすがろうとした人々の心情がしのばれます。

参考文献
大島建彦『疫神とその周辺』(岩崎美術社、1985年)
加古喜一・本郷辰佶『高砂市史 曽根篇』(高砂市教育委員会、1964年)
奈良県教育委員会『奈良県指定文化財』第1集(奈良県教育委員会、1956年)
H.O.ローテルムンド『疱瘡神 江戸時代の病をめぐる民間信仰の研究』(岩波書店、1995年)
写真1 ほうそう神様 高砂市曽根天満宮 2002年夏撮影
写真1 ほうそう神様 高砂市曽根天満宮 2002年夏撮影
写真2  疱瘡地蔵 奈良市柳生町 2021年4月撮影
写真2 疱瘡地蔵 奈良市柳生町 2021年4月撮影

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