天理参考館は1月30日(金)に奈良市教育委員会と共同で館蔵伝富雄丸山古墳出土三角縁神獣鏡についての報道発表を行いました。

発表の概要
(1) 伝富雄丸山古墳出土三角縁神獣鏡の概要
天理参考館では「伝富雄丸山古墳出土」の三角縁神獣鏡3面を所蔵している。かつて京都府のコレクターが所蔵していたもので、同じ人が、現在京都国立博物館が所蔵する重要文化財の富雄丸山古墳出土品も所蔵していた。こちらは、そのうち1点の石製品が1972年に奈良県教育委員会が行った発掘調査において出土した石製品の破片と接合したため、富雄丸山古墳出土品であることが確実となったが、天理参考館の鏡は由来が不詳であり、出土地の確定が出来ないまま現在に至っている。
(2) デジタルマイクロスコープによる分析結果
奈良市教育委員会文化財課埋蔵文化財調査センターの村瀨陸学芸員は、デジタルマイクロスコープを用いて天理参考館所蔵の伝富雄丸山古墳出土三角縁神獣鏡について調査を実施し、以下の新たな所見を得た。
・3面とも研磨擦痕等に赤色物質が伴うこと
・3面ともデンドライト(金属組織構造)が露呈する研磨状態が酷似すること
研磨擦痕等に赤色物質が伴うことは、2018年に富雄丸山古墳から新たに出土した斜縁神獣鏡でも確認したもので、研磨に伴う痕跡である可能性が高いものである。
また、3面ともに表層を削り取るほどの研磨が行われた結果、鏡面ではデンドライトが露呈していることを新たに確認した。3面は、型式や製作段階が異なるものと考えられていることから、研磨状態が共通することは、製作時ではなく副葬時に近い所作である可能性もある。
以上の新たな所見は、従来3面が一括資料である可能性が指摘されてきたものを裏付けるものである。
(3) 天理参考館による伝富雄丸山古墳出土三角縁神獣鏡の調査報告
目録番号1、30の鏡面には副葬されていた時に、ほかの鏡が重なっていた痕跡が認められる。(写真下段白色の点線)。痕跡の直径から推定して1、30、56の順に重なっていたと考えられる。最も上になっていたことになる56の鏡面には、ほかの副葬品の痕跡が数カ所認められる。そのひとつは勾玉のような形を呈し(写真下段黄色の点線)、この形の副葬品が長期間上に乗っていたことがわかる。
京都国立博物館が所蔵する富雄丸山古墳出土品のなかに、ほぼ同形・同大の銅板がある(下中央)[京都国立博物館館蔵品データベース https://knmdb.kyohaku.go.jp/19151.html]。
2026年1月13日 天理参考館の藤原郁代学芸員と江介也学芸員が京都国立博物館において、鏡面の勾玉形痕跡箇所に銅板が重なっていたと仮定して照合を行い、以下の所見を得た。
・銅板の形と鏡面の痕跡の形はほぼ一致する
・錆や変色の状態が一致する箇所がある
・銅板には湾曲が認められるが、それは土圧により鏡面の形状に応じて生じたものであると考えられる
以上の所見と、このような勾玉形の銅板はほかに類例がないことから、天理参考館所蔵の三角縁神獣鏡は富雄丸山古墳から出土したものである可能性は高まったと考える。

なお、銅板(京都国立博物館蔵)と重なっていたと考えられる鏡1面は、その痕跡をご覧いただけるように鏡面を上にして4月13日(月)まで天理参考館にて展示中です。

報道発表の詳細は天理参考館公式HPにも公開中→https://sankokan.jp/pressrelease