Research Paper

アレハンドロ・オルティス(Alejandro Ortiz)の

              アンデス神話研究 (4) 

 ただし、オルティスが「言葉と儀礼という異なる形式と意味を持つものの結合は、われわれに未解決な問題を提起する」(p.155)と述べ、今後の課題を呈示しているのを読み落とさなければ、彼が神話の比較だけでそれを貫く原理を抽出することに満足しているのではないことが理解できよう。ということは、オルティスは、ここで、レヴィ=ストロースとは別の方法論をとっていることになる。つまり、レヴィ=ストロースが、社会・自然科学の情報を駆使することで、神話の基本構造の抽出をその究極の目的としたのに対し、オルティスは、その師レヴィ=ストロースの薫陶を受けながらも、神話から別の社会現象の解明へと出発しようとしているわけである。これは、別の言い方をすれば、レヴィ=ストロースが仮定する「自然の混沌たる事実に知的な意味を与えようとする弁証法」という神話の一般論をいったん脇に置き、舞台をアンデスに限定し「アンデス的なるもの」に焦点を合わせ、その地域の社会現象におけるアンデスの論理を追求する姿勢を貫こうとしているということになるかもしれない(12)。いま、ここで、スタートラインに立ったばかりのオルティスの姿勢に関してこれ以上述べることはできないが、主知主義に根ざす「人間の基本的思考論理の発見」という先細りの作業から、民俗的思考原理と社会現象とを結びつける作業への転換をわれわれは見守っていかねばならない。

 では、ワロチリの神話研究はこれで終了したのであろうか。もちろん、オルティスも、まだその終了宣言を出しているわけではないが、これまでの研究の動向をながめてみれば、今後進むべき課題は見えてくる。繰り返し述べたように、ワロチリで言及されたのはもっぱら時代を経た連続性の問題である。言葉を換えれば、400年に及ぶ文化的破壊・風化現象を乗り越えてきた不変性と言ってもよかろう。しかし、不変性はその不変性そのもので説明し尽くせるわけではない。というのも、不変性は可変性との対比においても説明されなければならないからである。そうであれば、オルティスの提出した歴史的連続性は、さらに別の問題を投げかけたことにもなる。つまり、神話のどのレベルで何が不変で、何が変換可能であるのかを吟味し、その結果に照らして連続性を生成するものは何か、その条件やメカニズムはどのようになっているか、など疑問は次々に浮上してくる。もちろん、ある特定の要素がなぜ変化しやすいのかも考えてみる必要があろう。これは、伝播とか「変奏」といった現象のみならず、神話を支える論理をも取り巻く問題となるはずである。そして、そういう研究がオルティスの提示した結論をさらに実りあるものとすると思われる。

 前作を含めこの著作も小さな研究書であるが、考えてみると、その内容は実に多岐にわたる。本稿では触れなかったが、他にも込み入った内容―たとえば、口頭伝承の記号論的処理の可能性、ある事物の象徴的価値の発見、媒介者の問題など―が提示され、それらに関する鮮やかな分析や考え方がそこで披露されている。したがって、この本を注意深く読むことにより、アンデスの神話の深淵からオルティスが取り出して見せた新しい数々の知見に気づくことになるだろう。その意味で、アンデスの神話研究に新しい方向を示す潜在性を秘めたものとしてオルティスのこの研究は今なお一読の価値があり、過去の意味のない誤解を解いて再評価すべきであると考える(13)。

(加藤隆浩・三重大学文学部教授)

 

1)この地域の研究は必ずしもエスノヒストリーに偏ることなく、考古学、民族学なども多数含まれている。

2)彼のアメリカ人研究者に対する「批判」も学問的というよりは感情的である。

3)ただし、近年ウルバーノの態度は急変し、オルティスへの評価も冷静かつ好意的になっている(Urbano 1993)。

4)この着想は、もともとドゥヴィオール

のものだった、とオルティスは告白している(Ortiz 1980:12)。

5)邦訳は、拙訳「アダネバからインカリへ」『世界口承文芸研究』第5号。

6)レヴィ=ストロースの分析は、アンデス高地を除いてほぼ南北アメリカ全域の神話に及んでいる。その意味で、オルティスの分析がレヴィ=ストロースの空白を埋めるといってよい。

7)サンチェスは「アンデス的なるもの」の研究をまとめている(Sanchez 1982)。

8)ワロチリの事例を汎アンデス的なものと見做してよいとする根拠をオルティスは必ずしも明確に示していない。これは気になる点である。

9)これはレヴィ=ストロース流の神話分析の基本的スタンスである。

10)ペルーの人類学は、欧米のそれ(日本も含め)の動向とは別の独自の歩みを辿ってきた。1980年代前半まで構造主義を射程にいれた分析はほとんどなかった。

11)実際、彼は、本書の公刊後、ワンカベリカ県モヤ村に関する神話、儀礼、親族組織などの資料を基にこうした枠組みで一つの試論を提出している(Ortiz 1982)。

12)この方法は、レヴィ=ストロース流の構造主義というよりも、オランダ・ライデン学派あるいはそれに多大な影響を与えたM・モースの「全体的社会事実」という概念に近い。

13)オルティスは、近年の著作(Ortiz 1992)でアンデスの口承「文学」への関心を表明し、また(Ortiz 1996)では、そのもととなったアルゲダスやレヴィ=ストロースとの交流を豊富な書簡資料を用いて描いている。

 

引用文献

Avila, Francisco

1966 Dioses y hombres de Huarochiri,

Museo Nacional, Lima.

加藤隆浩

1984「解説」『世界口承文芸研究』第5号。

Lavi-Strauss, Claude

1964-71 Mythologiques 1-4,Plon,Paris.

Ortiz, Rescaniere Alejandro,

1973 De Adaneva a Inkarri, Retablo de Papel Ediciones, Lima.

   「アダネバからインカリへ」拙訳

   『世界口承文芸研究』第5号,1984。

1980 Huarochiri, 400 anos despues,

Universidad Catolica del Peru.

1982 'Moya:espacio, tiempo y sexo en un pueblo',Allpanchis Vol. 20.

1992 El quechua y el aymara,

Editorial Mapfre, Madrid.

1996 Jose Maria Arguedas - recuerdos

 a una amistad, Universidad Catoー

   lica del Peru.

Sanchez, Rodrigo

1982 'La teoria de lo andino y el

campesinado de hoy', Allpanchis Vol. 20.

Urbano, Henrique

1981 Wiracocha y Ayar, Centro de

Bartolome de las Casas, Cusco.

1982 'Representaciones colectivas y

arqueologia mental en los Andes' Allpanchis No. 20.

1993 Mito y simbolismo en los Andes, Centro de Bartolome de las Casas.

(完)