Research Paper

アレハンドロ・オルティス(Alejandro Ortiz)のアンデス神話研究 (2) 

 『アダネバからインカリへ』でオルティスは、第1章のアダネバと最終章のインカリという一見、互に無関係な神話が実は根深いところで関連し合うことを指摘し、アンデス世界に流布する現代の神話群を連続するものとして相互に関係づけ、そこに見いだせる神話の一貫性のありようを「アンデス的なもの」と見做した。

 『アダネバからインカリへ』においては、アンデス世界における神話の空間的連続性が提示されたのに対し、『ワロチリ400年後』では先に述べたような歴史的連続性が問われる。方法論的には、約400年前にアビラ神父が神話を蒐集したのと同じ地域すなわちワロチリで再び神話を蒐集し、その両者の比較を通して時間を隔てた連続性を追求しようとするものである。もっとも、この試みの萌芽はすでに『アダネバからインカリへ』の中に見えている。オルティス自身が、その前作でとりあえず「歴史とは関係がない」と時間軸を方法論的にいったん研究の枠組みから外すと明言し、一方で、後に彼の研究の土台となるアンデス神話の一貫性を抽出しようとしていることがそれを示唆している。その意味で、『ワロチリ400年後』は前者の問題意識を発展させたものであると同時に、前者で便宜的に不問に付さねばならなかった事柄、つまり歴史の問題をここですくい上げたものと考えることができる。

 著者は、こうした視座に立つと同時に、取り扱う神話に「ワロチリの」という限定条件をつけたことで「神話の一貫性を呈示し、他の表象(たとえば宗教・呪術的表象や、、、儀礼)に対して神話の独自性の度合いを示す」ことができ、「その作業を通して今日なおアンデス文化との評価を与えうるその文化の働きや特徴を決定するのに寄与すること」が可能となる。その結果、「古くから根気よく議論されてきたアイデンティティの問題に行き着」(p.14)き、ワロチリを代表させる形で「アンデス的なるもの」の問題に帰着する。したがって、彼の研究は、前書で示した空間的連続性とワロチリにおける現在と過去における時間的連続性とを絶えずフィードバックしながら、時間と空間を越えた lo andino の推敲という目標へと向かっていくのである(注8)。

 では、まず『ワロチリ400年後』の梗概を纏めておく。著者オルティスは、「序論」でワロチリ研究史にざっと触れた後、アンデス神話に関する独自の仮説を開示する。それは、「アンデスのすべての神話は、いずれの時代、どの場所(だだし、アンデス内の:筆者)のものであれ、一致するように見えるレベルが存在し、それを示すこと」(p.13)が可能であり、「神話は、アンデスの現実の、神話以外の他の側面を説明する現象とはなりえないし、また、他の側面から説明がつく現象でもないということ」(p.14)である(注9)。この仮説の検証が本書で展開されるわけであるが、ここで用いられる方法論は前作と同様に、「もっぱら神話のテキストを相互に比較していく方法であり、そうすることで、神話の輪郭や不変の形態を浮かび上がらせようとするものである」(p.14)。オルティスによれば、構造主義的方法論は「分析の見通しを一新することに寄与するだけでなく、文化史の流れによって導かれた人類学的研究でおそらく種の尽きた展望に一つの変化を予感させるものであるという意味において積極的なものに見える」(p.15)(注10)という。

 つまり、構造主義の導入によって証拠のない、蓋然性のみを頼りとする文化史学的名歴史や連属性の探究とは別のレベルでその変化を明らかにできるというのである (p. 16)。そして、神話分析の道具立てとして「還元」「変換」「システム」「コード」「テーマ」「エピソード」「メッセージ」「モチーフ」という8個のテクニカル・タームを規定する。この規定は、具体例がないのでそれだけ読んでも理解しにくく、意味不明な点もあるが、本文の中でその用法と照らし合わせてみると明確になる。

 第1章では、著者はまず、1975年に蒐集した「クニラヤとカニリャカの歴史」という物語を提示する。この物語は、アビラ神父が記録した「クニラヤ神話」の展開とほぼ一致しており、オルティスはまず、構造分析の常套にしたがい、これら新旧2つの神話から男/女、貧困/富裕、醜悪/美、豊饒化するもの/豊饒化されるもの、太陽/大地という対立群を抽出する。そしてその後、この一連の対立群を「パチャカマクの島」「貪欲なキツネ」などの物語の中で比較し、同類の対立群の数を増していく。その結果は、前作の「インカリ神話」「水没した村」「ワコン」などの分析と対置され、神話に見られる対立群が単なる相反する要素の一致にとどまらず、それらがモチーフ、テーマ、コードなどの各レベルでも対応し、最終的にどの神話がどの神話とどのレベルで一致するかを明示する。

 第2章では、前章で考察された神話の中の対立項が無効となったり、逆転する事例が分析される。まず、アビラが16世紀に蒐集した「ヤナニャムカ・トゥタニャムカ」の神話から始まり、植民地時代並びに現代に記録された「大洪水」、「パリアカカ」などを含む9つの神話が考察される。いくつかの神話のタイトルからも知れるようにここでは初め、神話の中で水の果たす重要なシンボリズムが分析される。オルティスは、上記の神話群の分析ばかりでなく、前作で得られた分析結果をも踏まえ、創造性・破壊性・豊饒性など水の多義性を説き、さらにはそれを時間論に引きつけ、「水は、夜と火で表される過去の時代の統合体として現在という今の時代のシンボルとなっている」(p.74)ことを示唆する。言うまでもなく、ここで問題となるのはパチャクティ、つまり天変地異である。オルティスは多くのアンデス神話の分析から水と現在との結びつきが、火と過去との結びつきと対立し、その相反性が際立っていることを実証する。そして、水と火のみならず、太陽と雷といった、パチャクティを表現する要素を神話の中で考察しながら、現在と過去の世界の対立を明示し、パチャ!クティが潜在的に包含する逆転の意味を指摘する。

 第3章においては、「海岸地方の神パチャカマク」など6つの神話が分析される。前章では、アンデスの創造神話の中でのパチャクティの意味の説明がなされたが、この章では時代を前後しながら神話に表現された世界観についての言及がなされる。オルティスによれば、ワロチリの世界観はまず「上」と「下」との対立する空間に2分される。両空間は、それぞれ互いに正反対の属性を備えた神々、つまりパリアカカ/パチャカマック、あるいはクニラヤ/インカ・ワイナ・カパックというような対立項と結びつき、著者はそれらをもとにアンデス独自の空間論・時間論を展開してみせる。すなわちアンデス高地では「ハナン(高)は、秩序、昼、さらに付け加えるならば現在の力、確立されたものと結びつき、一方、ウリン(低)は、無秩序、夜、加えて脅威、過去、未来の根源と結びつく」とし、また、このようなアンデスの世界観では「カイ・パチャ(地上界・現在)とハナンとが、さらにはウル・パチャ(地下界・過去と未来)とウリンとが緊密に対応している」(p.121)と説く。         (続く)

(加藤隆浩・三重大学文学部教授)

*本文の注は最終回にまとめて掲載します。