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ア メ リ カ ス の 風 景

―愛憎あやなす運命共同体―

                      北 詰 洋 一 

 このところのアメリカス、つまり南北アメリカの動きを見ていると、求心力が積極的に働いているというより、逆に周辺の動きで嫌でも結びついていかざるをえなくなっている景色が見えてくる。

 その兆候をあらわす第一の動きは、EUの11カ国の間でスタートした新しい通貨「ユーロ」の登場である。新しいお金が現実に現れたわけではなく、EUの加盟国がすべて参加してはいない。EUの内部で事実上国境をなくして大きな市場を作り上げ、ヨーロッパの再生を実現しようというのである。かつてドゴール仏大統領が夢みた「ウラルから大西洋まで」の大ヨーロッパ圏の構想が働いている。しかし実際上のねらいは、アメリカのドル、日本の円に対抗して「ユーロ」を基軸通貨にして、ポスト冷戦下で混沌としている世界にヨーロッパを一角とする新秩序を作り上げようということにある。

 そうなると、ドルを基軸通貨として世界経済を支えている超大国アメリカは対抗する策を考えざるをえない。カナダも、中南米諸国もドルをとるか、ユーロをとるか、悩まざるをえない。ヨーロッパでカナダと繋がっているのは英国とフランスであり、中南米はスペインとポルトガルである。だが、カナダでフランスととくに繋がっているのはケベック州のみであり、ここだけがカナダから分離して独立するには無理がある。ケベックに親仏感情がいかに強くとも、フランスにここと心中するほどの愛着心はない。英国はECに加入した時点で事実上カナダに見切りをつけている。

 それに比べると、中南米とスペイン、ポルトガルとの関係の方がはるかに結び付きが強い。だが両国はヨーロッパ内部で昔日の影響力をもっていない。むしろ影響力ということで考えれば、カトリックという宗教上での結び付きの方がかなり大きい。そこで注目されたのが、昨年1月のローマ法王のキューバ訪問である。ローマ法王庁のヨーロッパにおける政治的行動と影響力はいまさら説明するまでもない。法王が社会主義国キューバを初めて訪問するのに、ヨーロッパの首脳と事前に相談しなかったはずがない。キューバの招待にのった形とはいえ、21世紀をにらんだヨーロッパの中南米対策の一環であることは間違いない。チリの独裁者だったピノチェトをこの時期に英国が逮捕したのも繋がりがあるかも知れない。結果として、中南米を引きつけることはできなかった。

 キューバは地理的にいえば、まさにアメリカスの重要な一角だが、目下政治的、経済的には合衆国の指導により「村八分」の状況に置かれている。

 アメリカスでは、昨年、1月のローマ法王の社会主義国キューバ訪問に続いて、4月の第2回アメリカス首脳会議(The second Summit of the Americas)では合衆国を除く参加者から「キューバを村八分から解放しよう」という大合唱が起こり、合衆国もそれに対し、強い反対はしなかった。そして、その直後カナダの外相がキューバを訪問、キューバの復帰を歓迎するアメリカス諸国の雰囲気を伝えた。そしてこの正月にはアメリカのクリントン大統領がついに対キューバ封鎖政策を思い切って緩和、送金や人間の交流を容易にしたのである。

 奇しくも、フィデル・カストロがバチスタ政権を打倒して民族主義革命を起こしてから今年の正月で丁度40年、逆説的にいえば、キューバがアメリカス諸国を、そして合衆国を動かしたのである。キューバが正式にアメリカスに復帰するのは時間の問題だろう。4月のアメリカス首脳会議の後、地元の新聞は合衆国の態度の軟化に注目して「いまや合衆国とラテンアメリカ諸国の関係は親分子分の関係から、兄貴分と弟分の関係に変わった」とコメントして、合衆国がアメリカスのなかで the one から one of them に変わったことを評価している。

 こうしてみると、アメリカスはヨーロッパやキューバという外部の動きにつられて新しい形をみせ始めたようだ。

 アメリカス諸国の合衆国に対する批判、非難、不満は歴史的に長いしがらみとなっている。ラテンアメリカ諸国は独立後も、経済的にアメリカの支配下に置かれていた苦い経験をもっている。遠くはモンロー宣言での合衆国による「縄張り意識」から、第2次大戦後はキューバに続く社会主義国の連鎖反応が起こるのをおそれてケネディが作った「進歩のための同盟」に至るまで、合衆国側の都合と利益に合わせて政策がすすめられてきた。ラテンアメリカ諸国では人種とは直接繋がらない階級支配の歴史が長く、合衆国は主として支配階級とのつながりを極度に重視してきたため、大衆の対米感情は芳しいものではなく、合衆国の側も「遅れた」非民主主義国を育ててやろうとする意向が見え見えだった。ロックフェラーなどがすすめてきた「アメリカス」という発想は上からのもので、それらに対し、表にでてくる対米感情はきわめて批判的だった。

 それなのに、同時に、ラテンアメリカの民衆は合衆国に行き、できれば移住したいという気持ちを振り切れない。フロリダ州オーランドのディズニーワールドの一番のお客さんはラテンアメリカの人達である。西海岸ではメキシコ経由での密入国があとを絶たないし、合衆国の経済封鎖の結果、耐乏生活を強いられていて対米感情がきわめて悪いにもかかわらず、キューバ人の米国行き希望者は多い。年初のニューヨーク・タイムズ紙によると、昨年45万人のキューバ人が合衆国行きのビザを申請している。西インド諸島のプエルトリコ(米自治領)にいたっては、昨年末の国民投票でまたしても第51州となることを拒否して「奇形の植民地」の地位に甘んじているが、ニューヨークを中心に続々東海岸に移住してきている。

 『文明の生態史観』で有名な国立民族学博物館顧問の梅棹忠夫氏は、これからの時代、「地球を縦に飛べ」と提唱している。ベルリンの壁が崩壊してちょうど10年、イデオロギーの時代の終焉で混沌としており、交通、通信手段の急速な発達でグローバル化が進んでいる。が、最近、人為的な国境こそなくなる傾向が強くなっているものの、一挙に世界が一つになる可能性には疑問が提示されている。やはり人間社会、一つの「壁」が崩れると新たな「壁」を生む宿命をもっている。ロシアや中国のような東西に長い国は政治社会的に不安定になっているように見える。その意味では、南北アメリカが縦につながる「アメリカス」という発想には、21世紀の集団として可能性がきわめて大きく見えてくる。

しかも、文化多元主義が様々な意味で注目される折、コーカソイド(白人)、モンゴロイド(黄色人種)、ネグロイド(黒人)の三大人種が軋轢を経ながらも共生してきたのは、カナダ、合衆国、中南米諸国とその周辺地域であり、「アメリカス」大陸のみといってよいのではなかろうか。

 歴史の初期の段階で、この地の先住民の大半はアジアの北部から渡ってきたといわれる。その後のアメリカスは愛憎あやなす重い歴史を背負っているが、運命共同体であることは否定できないであろう。