Lateral thinking

米人ジャーナリスト魂

前回、この欄で触れたアメリカの女性ジャーナリスト、Grace Halsell さんについて、もう一度触れてみたい。学生たちには何度か紹介したことがあるが、これぞヤンキーのジャーナリスト魂と思うので、もう一度皆さんに披露させていただきたい。

しばらく前、彼女が日本にで見え、東京・浅草の小さな飲み屋で久しぶりの再会を楽しんでいたとき、私は前から考えていたことをお願いしてみた。

「グレースさん、伝記を書かしてくれませんか」。びっくりした彼女は、「でも書くとなると、四、五回ワシントンにきて話を聞いてもらわなければならなくなるわよ」との返事。それくらい時間をかけなければならないと思っていたのだが、ワシントンとの往復を重ねるとは、仕事上ちょっときつい。でも紹介するに値するアメリカ人だと思っていた。

だがその話がpendingになってちょうど一年あまりたった頃、彼女から分厚く重い小包が届いた。開けてみると、彼女が書き下ろした「自伝」の原稿だった。しまった、アイディアを盗まれた!と、思わず苦笑いしてしまった。私には翻訳する時間がなかったので他の方が訳され、最近になってさらにその英語版がアメリカで出版された。奇妙な本の出来上がりである。

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グレースさんはテキサス州出身の大変な美人。後で大統領に目を付けられるほどだ!。若いときから好奇心が旺盛。はじめ地元の警察官と結婚したが、平凡な家庭生活にはもの足りず(ご主人が不倫をしたわけでもないのに)離婚。東南アジアや朝鮮半島、中東など紛争のあるところに次々飛んでいき、ルポルタージュを書き、テキサスの新聞に掲載していた。

63年、ケネディ大統領の暗殺事件後、大統領に昇格したテキサス出身のジョンソン副大統領は、早速日頃関心を持っていたグレースさんをホワイトハウスに呼び、スピーチライターに抜擢した。地方のジャーナリストとしては異例のことである。だが大統領の演説の草稿書きでは、満足できるはずがない。ほどなくして、また世界を飛び回るジャーナリストに逆戻りした。

ここで、彼女はふと自分が母国アメリカをよく知らないことに気付く。黒人解放の運動が活発な頃のことだ。こうして、前回紹介したごとく、彼女は自らの肌を真っ黒に染め、ハーレムに潜入するのだ。黒くするための劇薬が「骨を溶かす」というきわめて危険な副作用をもっていることを知りながらのことだ。

黒人問題で二冊の本をものにしてから、今度はネイティブ・アメリカン(インディアン)の中に入り込み、白いアメリカがネイティブを骨抜きにした実態を暴く(『黄色い髪のベッツィー』)。彼女の冒険はこれで終わらない。次は西部にメキシコからどんどん入り込んでくる不法移民の実態を知るべく、メキシコに飛ぶ。そして、ある意味でアメリカを憎みながらもアメリカ人の生活をあこがれて密入国をはかる人達とともに、彼女はリオグランデ川を深夜泳いで渡る(『密入国者』)。

さらに中東紛争が激化すると、パレスチナに潜り込み、イスラエル人の迫害にあっているパレスチナ人、とくに女性の非残さを明るみにだす(『エルサレムへの旅』)。

前回の文化実習の学生にワシントンで会わせたとき、グレースさんは「もう一つだけまだ実現してないことがあるの。それは、燃えるような恋をすることよ」

ヤンキー娘の好奇心はとどまるところがないのだろうか。       (北詰洋一)