Letter from New York

米大学の学生相談窓口

 大学への入学は誰にとっても人生の大きなステップ。専門分野の学問の世界への第一歩であり、生活の上でも大人としての責任感の自覚を要求される大切な時期です。この変化に伴ってストレスが溜まったり悩みを抱え込む学生も少なくありません。また、大学生活の中で友人に相談するだけでは解決できない問題も数々あり、アドバイスが必要なこともあるでしょう。

 アメリカに留学して、アメリカ人が大変相談好きなことに気付きました。学問に関することにせよ日常生活のことにせよ、どんどん他の人の意見やアドバイスを求めるのです。大学院のオリエンテーションの時に、「研究生活は孤独であってはならない。担当教員を含め同じ分野の仲間と情報を交換しあい、周りの意見をよく聞いて問題を解決していくように」と言われたことが印象的でした。この「悩みを一人で抱え込まない」という概念に基づいて、大学の中にもどんな問題でも相談できるシステムができあがっています。

 その中で最も学生の生活に密着しているのは、担当教員のオフィス・アワーでしょう。これは各教員が学生の質問や相談に応じるためにもうけることを義務づけられている時間で、毎週一定の時間に一定の場所(たいていは研究室)に行けば必ずその教員に会えるというものです。オフィス・アワーの時間帯や長さは人によって違いますが、平均、週に2〜3時間程度で、学生は気軽に先生に会いに行くことができます。特に授業の内容に関する質問や、その教員の専門分野に関することであれば、この時間を利用することができます。

 時には個人的な悩みを相談しに来る学生もあります。どの程度まで個人的な事を話せるかは、教員と学生との間の信頼感や親しさの度合によってもちろん異なりますが、このような場合の教員側の留意点も、「問題を全部自分で解決しようと思わない」ことです。素人カウンセラーなので、常に適切なアドバイスができるとは限らず、対処の判断がつかない場合には、ごまかしたりせずに専門家に会うことを勧めるように大学からも指示を受けています。教員があちこちのオフィスに電話をかけて、学生のために適切な面談の予約をいれることもめずらしくありません。

 専門分野に関わりなく、学業全般に関する質問がある場合は、アカデミック・アドバイジング・オフィスでアドバイザーに会います。「どうすれば3年で学士課程を終えることができるか」、「成績が悪くて留年しそうなのだがどうすればいいか」、「どんなコースが就職に役立つか」などという質問はここですることができます。このオフィスのスタッフは学生の相談にのるのが仕事なので、あらゆる問題の解決策にも精通しており、我々教員としても安心して学生を送り込むことができるのです。

 悩みがもっと深刻で精神的なダメージが大きい場合は、学内のカウンセリング・センターに行ってカウンセリングを受けることもできます。そこには常に複数の心理学者やカウンセラーが待機し、学生ならば無料で利用することができます。

 大学の構内には他にも法律事務所や会計士のオフィス、就職相談所のようなものが揃っており、縮小されたアメリカ社会が存在しているといっても過言ではありません。学生はこの大学内の「小社会」での生活を通して、「実社会」(real world)へ巣立つ準備をするわけです。

 このようなシステムのお陰で、アメリカの大学では教員のほうも学生から相談を受けることに慣れているような気がします。

 私も、大学院生時代に有名な社会心理学者の論文が図書館で手に入らず困っていたとき、アドバイザーの教授に「筆者に電話して送ってもらえばいいじゃないか」と言われて大変驚いたことがあります。「彼だって昔は君と同じ大学院生だったんだから」と言うのですが、私にとっては、あらゆる論文や本で「お名前を拝見する」だけの神様のような存在の大学者だったので、直接話をすることなど考えもしなかったのです。ところが、実際に恐る恐るカリフォルニアの大学に電話をかけると、その教授は30分も私のペーパーに関して質問やアドバイスをしてくれたうえに、「興味があるから、できたら私にもコピーを送ってくれたまえ」と言われて動転しました。

 まとまりなく書いてしまいましたが、要は、たとえ相手が学生でも一人の人間として真剣に向かい合って接する姿勢、「人と話し合うことによって問題を解決し、自らを高める」という西洋のコミュニケーションの原点を見た思いがしたのです。

(佐藤奈津)