Letter from New York

難しいアメリカ人の日本理解

 ニューヨーク州の大学に勤めて、今年で4年目になります。日本へ帰国した際にニューヨーク州に住んでいることを人に告げると、「ニューヨーク? かっこいい!」、「ニューヨークって危ないんでしょう。」おおむね、このような反応が返ってきます。ところが、私の知っているニューヨークは、テレビや映画の舞台になる大都市とは少し違っています。

 ニューヨークと聞いて、ほとんどの人が思い浮かべるのはニューヨークシティー、特にマンハッタンの風景でしょう。そびえ立つ摩天楼にブロードウェイのミュージカル、世界のビジネスの中心であるウォールストリート、自由の女神、ファッショナブルな人々…。確かに7百万人ものあらゆる人種の人々の暮らすニューヨークシティーは迫力があり、エキサイティングな町なのですが、もう一つ顔があることは、案外知られていないようです。

 実際、湖が多く、水が豊富で土地の肥えたニューヨーク州は、農耕が盛んで、リンゴ、チェリー、葡萄の名産地であり、カリフォルニア州に次いで、全米第2位のワインの産地でもあります。また、放牧もさかんで、乳製品の生産高は全米で第3位を誇っています。州の大部分がこのような農耕地、または山岳地帯で、住人も都会とは全く違った生活を送っているのです。高速道路から見られる風景は、果樹園、トウモロコシ畑、草を喰む牛や羊、森や林、川、湖…。マンハッタンかっら350kmも離れたビンガムトンに住んでいる私にとっては、こののんびりした風景が、まさに「ニューヨーク」のイメージというわけです。

 キャンプなどのアウトドア・ライフに最適地が多いニューヨークは、夏は釣りやゴルフ、湖での遊泳、秋から冬にかけては狩猟やスキーを楽しむことができ、特にアパラチア山脈の一部であるアディロンダック山脈一帯は美しい景色が有名です。放課後に、子供が釣竿を持って川に走るような、こんな田舎の風景も残っているのです。

地域によって税金の異なるアメリカでは、ニューヨーク、イコール物価の高い州というイメージがありますが、最近cnnのニュースで、地価が安く不動産が購入しやすい町の全米トップ10が発表され、その中の3っつの町がニューヨーク州にあることがわかりました。私の住むビンガムトンは全米3位。不動産の広告を見ても、平均的な一戸建ての家なら庭付きで800〜1000万円(土地代を含む)相当というところで、ニューヨーク市内の不動産事情からは考えられない値段と言えるでしょう。(旅行社のパンフレットか商工会の宣伝みたい。)

 このようにニューヨークの素顔が知られていないように、外国に関してのステレオタイプは日本人だけのものではありません。実際、アメリカ人も日本人が考えているほど日本を知っているわけではないのです。地元の高等学校の教員のために講話に招かれた時、聴講者のひとりに「日本には指圧や針の専門家だけではなくて、ふつうの医師もいるのですか?」と聞かれ、ショックを受けました。これはもちろん極端な例ですが、デパートにも一般家庭にも日本の商品が氾濫している割には、今日の日本社会のことについては何も知られていません。

 長野オリンピックの際には、ABCが生中継で競技の独占放送を行い、アメリカ人の日本に対する興味も高まったようです。しかし競技の合間に頻繁に放映されるシーンは、完全にアメリカ人の日本イメージばかり。お寺の鐘を鳴らす僧侶、早朝のたく鉢、能、相撲、武道の稽古や茶道、生け花など。小学校の児童たちは書道の練習に励み、家では母親が土間にある鉄ナベでゆうげの支度をしていました。

 アメリカの胃腸薬のコマーシャルにも日本のレストランが登場。和服姿のウェイトレスにふたりのアメリカ人客が「タコ(メキシコ料理のタコス)」を注文したところ、出てきたのは8本足のタコ(しかもまるごと!)で、お客が目を白黒させながらお互いに「ペプシドAC(商品名)飲んだ?」「タコじゃなくて、プリート(これもメキシコ料理)にすればよかったね!」というもの。メディアがこれでは一般的アメリカ人の日本に対する知識が日本人の「ニューヨーク観」に勝るとも劣らずも、無理からぬ話かもしれません。

インターネットや様々なマスメディアを通して世界のグローバル化がますます進む今日ですが、やはり本当に異文化への理解を深めるのは一朝一夕にとはいきません。さすがに、黒ぶちメガネに出っ歯、ビジネススーツにカメラという、昔の映画によく登場した日本人像は消えつつあるようですが、本当の日本をアメリカ人に知ってもらうには、もう少し時間がかかりそうです。

(佐藤奈      津)