Letter from New York

Happy Holidaysのすすめ

 11月に入るとアメリカではあちこちのデパートやショッピングセンターでクリスマスコーナーが出現し始めます。そして感謝祭が終わり12月になると、更に本格的にクリスマスムードが漂うようになります。ニューヨーク州に移り住んだ私は、インディアナ州にいた時にはどこででも耳にした"Merry Christmas!"という挨拶がほとんど聞かれないことに気付きました。その代わりにこのあたりで交わされる一般的な年末の挨拶は、" Happy Holidays ! "「よい祝日を」というものですが、実際に生活してみて、その理由がわかりました。

 世界中から集まったありとあらゆる人種の人々がすむ「人種のるつぼ」、または「モザイク」の典型的な姿であるニューヨークには、キリスト教徒でない人間も多いのです。特に、ユダヤ人の人口はイスラエルのユダヤ人人口をはるかに上回るほどですから、他の州では見られないようなユダヤ人パワーが感じられます。 学生の大半がニューヨーク市内出身であるビンガムトン大学でも、ユダヤ人学生は全体の学生数の45%を占めています。このような環境の中では必然的に、「キリスト教の祭日だけでなく、ユダヤ教の祭日も休暇にすべきである」という考えが尊重されるわけで、ニューヨーク州の州立大学ではユダヤ教の祭日も休講になるのです。 それで、秋学期には11月の感謝祭の休暇以外に、ヨムーキプル(ユダヤ教の大祭日で、信者は飲食物を断ってシナゴグで終日ざんげの祈りを唱える)とロシュ=ハシャナ(ユダヤ教の新年祭で、イスラエル以外に存在する正統派、保守派のユダヤ教徒は二日間にわたって祝う)という二つの祭日休暇があります。これらの祭日はグレゴリオ暦の何日と決まっているので、年によって時期が異なりますが、だいたい9月の半ばとその2週間後ぐらいに当たり、新学期が始まってから間もないころに当たります。教員の一人としては、休暇が増えて嬉しい反面、学生がなかなか休暇ムードから抜け出せないために講義がやりにくいという問題もあり、複雑な心境です。

 このような環境の中では、日本語の授業でさえ色々と気を遣うことがあります。例えば、英語の"give"にあたる動詞は日本語では「あげる、やる、さしあげる、くれる、くださる」の五つに分かれるので、学生にとって非常にむずかしいのですが、アメリカで出版されているたいていの教科書には、当たり前のようにクリスマスプレゼントに関する例文や練習問題が含まれています。インディアナ州で教えていた時には、何の問題もなくそれを使っていたのですが、そのような「宗教的に偏った」教材を使ってはニューヨーク州では問題になりかねず、「旅行のお土産」や「お歳暮」など、差し障りのない話題を選ぶようにしています。これも、近年さかんに言われるPC(politically correct)、政治的(この場合は宗教的)配慮のひとつでしょう。

 宗教的配慮といえば、最近こんな話がありました。ビンガムトンのあるモダン・バレエ教室が、クリスマスを主題にしたイベントを企画し、地区の中学生のために特別に無料公演を行うことに決めました。ところが、会場や日時の都合を学校に問い合わせたところ、「そのような宗教的に偏った主題のものを公立の学校で見せるわけにはいかない」と、職員会議で大反対の声があがったというのです。

 結局、「クリスマスやイエスなどのキリスト教用語が入らないのであればOK」ということに意見がまとまったのですが、好意で無料公演をプレゼントしようとしたバレエ団にとってはずいぶん鼻白む話であっただろうと思われます。これを「宗教的配慮の欠如」とみなす人も多かったようですが、私としては、PCや「宗教的配慮」のため、多くのものが教育の場から省かれてしまうことこそ「文化的配慮の欠如」ではないかと思えてならないのです。いっそ、「クリスマスのバレエ」と「ハヌカー(ユダヤ教の祭日)のミュージカル」と「ヒンズーの芝居」などと、いろいろな違った文化(宗教であれ何であれ)を教育の場で紹介してしまえばいいのに・・・と思うのですが。

 前に、ニューヨーク出身の学生に「日本人はクリスマスを祝うのか」という質問をされたことがあります。「祝う人もいるが、宗教的な意味なしに、一つの年中行事として見ている人が多いだろう」と答えたところ、その学生は「じゃあ、日本人は皆、ユダヤ教なんですか」と、真面目な顔で聞いたのです。マンハッタンで生まれ育った彼にとっては、宗教と言えばキリスト教かユダヤ教のどちらかなのでしょうが、何学期間も一生懸命日本語を勉強している学生だっただけに、私の教育不足かな・・・と苦笑せずにはいられませんでした。「難しい話題だから」と、宗教や政治に関する話題を授業中に極力避けていたことを少々反省させられたのでした。

 余談ですが、ビンガムトン大学の日本人学生の間では、「キリスト教とユダヤ教の祭日が認められているんだから、仏教の祭日なども休講にすべきだろう」と言う意見も出ています。けれども、日本人が20人程度という現状では、まだまだパワーが足りないようで、当分、みとめられそうにありません。

(佐藤奈津)