Experiment

学生との恋愛関係は権力の乱用? 

                    最近米大学事情二題(2)

 今回は、前号で少し触れた、大学における恋愛関係および性行為に関する規程について書いてみたい。

 セクハラ事件、性関係の問題が毎日のように紙面をにぎわしている今日。州の最高裁判所長のセクハラから、軍における様々な性行為に関する問題、果ては大統領までセクハラで訴えられているというニュース。訴える根拠のはっきりしているものから、真相がよくわからないものまでいろいろだが、少なくとも国民の間にこの問題に関する意識が高まってきていること、また犠牲者が自分の体験を公にできると感じるようになってきているのは事実である。

 こういった世相の中で、最近、各地の大学で、セクハラ事件を防ぎ、学生が健全な学業生活を送れるようにしようとする積極的な動きが見られる。そんな動きの一環として今年、オレゴン大学で二つの規定ができた。一つは教職員と学生との恋愛関係および性関係を禁じる規定、もう一つは、学生の性行為に関する規定である。

 教職員と学生の恋愛関係、性関係については、過去2年間いろいろ論議され、原案が何度も修正され、今年の春、やっと正式なものになった。これは、"Conflicts of Interest and Abuses of Power: Sexual or Romantic Relationships with Students(「利害の衝突、権力の乱用:学生との性的、あるいは恋愛関係」とでも言おうか?)"と題され、教職員が自分の指導下にある学生と恋愛関係に陥ったり、性関係を持つことを禁じている。なぜなら、そういった関係は、権力の乱用を含みかねないもので、公平な立場からの教育の授受を目指す大学の姿勢と基本的に相容れないものだからである。

 「そういった関係が両者の合意の基に成り立っているなら、いいのでは?」と言う人もいるかもしれない。しかし、先生と学生のように両者の力関係にはっきりした違いがある場合、それが純粋な合意だと果たして言えるだろうか。実際、知らず知らずのうちに、相手の持つ権力に押されてそういう関係にはいってしまうケースや、相手の地位や力への憧れをその人自身への愛情と取り違えてしまうケースも多い。また、弱い立場にある者が、自分の気持ちを正直に言えない場合だってある。こういうことを、指導的な立場にある教職員は考えなければならないと、この新しい規定は示しているのである。職員も、学生の履修などの様々な手続きを助ける上に、多岐に渡って学生生活に多大な影響を及ぼす。例えば、ワーク・スタディという制度(これは、学生が学科の事務室など、大学内で仕事をしながら、勉強を続けるという制度で、全面的に自活したり、かなりの経済負担を自分で賄っている学生の多いアメリカの大学では大切な制度)では、職員が仕事の面で学生の指導者になる。

 特別な関係をもった教職員と学生のまわりにいる他の学生の立場はどうだろう。例えば、先生が自分達のクラスメートと特殊な関係に陥った場合、学生達はその先生がそのクラスのすべての学生を、平等に、公平に扱っていると思えるだろうか。そして、学生達が気まずい思いや不愉快な思いをすることはないだろうか。このように第三者への影響を考えても、このような関係は、健全な学生生活を乱すものになる。

 しかし、人間の感情とは完全にコントロールできるものではない。もし、そんな感情が起こって、そういう関係になったらどうするか。その場合は、教職員がその学生および回りの学生に権力を乱用できないようにしなければならない。具体的には、その学生を他の先生のクラスに移したり、その学生のアドバイザーだった場合はそれを辞退し、他の先生に替わってもらうなどして対処する。

 私自身、自分の学生生活、および教員生活の中で、教員と学生との恋愛関係を何度か見てきたが、近くにいる者としてはやはり気まずいものである。また、その関係が不幸な結果に終ると学生の方は悲惨だというのも見てきた。事実、教職員と学生との関係は、不幸な結果に終ることが多い。そうなった場合、勉強が続けられなくなったり、精神的に大きな傷を負ったりするのは、やはり圧倒的に力の無い方である。

 そういう意味で、今回の規定は、権力を持つ者に自分の立場を再認識させ、力の無いものを守る規定であり、現状からいって女性を守る規定でもある。

 私は、約20年前、米国で大学院生だった時、某有名私立大学出身の若い先生から、その大学の哲学科では、どんな優秀な女性でも博士号を取るためには教授と性的関係を持つより道がないと言われていたと聞いて、非常にショックを受けたのを、今でもはっきり覚えている。もちろん、当時そこで博士号を取った女性が全員その噂どおりそうしなければ学位が取れなかったというわけではないだろうが、つい最近まで私達の先輩が伝統的に男性の世界であった大学院、およびその後の専門分野での生活をこなしていくのに、セクハラを含めた権力の乱用と戦ってこなければならなかったことは、事実であるし、私の世代でもそういう経験をしてきた人は多い。そういう意味で、今回、教職員自らがこういう規定を作ったことを、私は大いに歓迎したい。

 二番目の学生の性行為に関す る規定は、デート・レイプ(date rape)を防ぐためのものである。デート中に相手からの「明確な同意」が得られないまま性関係を持った学生は、性的非行を犯したことになり、罰せられる。相手からの「明確な同意」とは、「性行為を持つことに対して、何ら強いられることなく、自発的に、はっきりとしたコミュニケーションによって示された同意」と定義されているが、それには「はっきりした言葉による同意、あるいは誤解を生む余地のない自発的行為などが含まれる」と説明されている。そして、相手がアルコールやドラッグなどの影響下にあったり、何らかの形で精神的に正常な状況にない場合は、「明確な同意」が得られたとはみなされない。

 大学は7年ほど前から積極的にこの「デート・レイプ」の問題に取り組んできている。寮やその他の学生の集まりでのワークショップを通して、デート中でも望まれない性行為を強いることは許されないし、またそのようなことがもし起きたら、その被害者はどうすればよいかというようなことを学生に伝えてきている。また、留学生のためにも様々な言語で書かれたパンフレットを用意し、彼等の意識にも訴えようとしてきた。

 今回の学生の規定は、「そんなこと、今さら言われなくても。。。」という反応もあるが、全体的には、大学がそういう行為を許さないという態度を一層はっきりさせたことと、今までうやむやにされがちだったこの種の事件で被害者がその立場を守り、加害者を訴えやすくしたことで、全体的には大半の学生に支持されているようである。

 健全な学業生活の基本には健全な人間関係がなければならない。そしてそれを守っていくのは、私達教職員と学生なのだと今回の規定は再認識させてくれた。

                        (藤井典子=オレゴン大学準教授)