Letter from New York

How do you like your 退職金?

 アメリカに来て間もない頃、ありとあらゆる場面で自分の選択を迫られるのにうんざりした覚えがあります。例えばレストランで、私のつたない英語で注文できそうだからとセットメニューで頼んでも、「サラダかスープが付きますが、どちらにしますか」「ドレッシングの種類は?」「チーズはかけますか?」「ポテトはフライドポテト?ベイクドポテト?」「上には何をのせますか?」そういえば、英会話の時間に メHow do you like your eggs?モというようなフレーズを習ったが、なんと答えるんだったろう・・・。次から次へと矢継ぎ早に飛んでくる質問に目が回り、食券を買うだけで食べることができた、あの代わり映えのしないお昼の定食がずいぶん懐かしく思えたものです。

 あらゆる場において常に個人の意見やチョイスを要求される米国では、退職金の制度さえも勤務年限によって一定の額が支給される日本の制度とは随分違います。例えば、ニューヨーク州の公務員は給料の15%が自動的に別の口座に振り込まれ、それが退職金にあてられます。これは単なる積み立て預金ではありません。各職員の希望に応じてTIAAという州の機関(非営利団体)がこれを各種の株や事業に投資し、株価の動きなどによってその年度の配当額が元金に加えられるのです。

 職員は皆、就職した時点でこの投資システムについての分厚い資料を渡され、自分で各種のストックマーケットへの投資の配分を検討することになっています。成長株、普通株、金融市場、債券、社会事業、不動産など10種類程のチョイスがありますが、どの分野に全額の何パーセントを投資するかは、個人が決めなくてはなりません。成長株の分野の過去一年間の配当率は19%で、他の分野に比べると随分高いのですが、その分リスクも高く、かといってリスクの低い分野に投資しても配当が5%前後で退職金がたまりません。投資の仕方によって、同じ年度に就職した二人の職員の退職金が大幅に違ってくることも当然あるわけです。

 このように少々ややこしい(そしてシビアな)制度なので学期毎に講習が設けられ、深刻な顔をした職員たちが「賢い投資:幸せな老後」という分厚いテキストを抱えてゾロゾロと参加します。私もこの講習に一度参加したのですが、各投資分野の細かい情報は得られたものの、特にどうすればいいというアドバイスは得られませんでした。結局投資するのも「個人のチョイス」だからです。

 数字に弱い私は、株価の動きに応じて毎日変えることのできる投資の配分も就職時に決めたきり、そのままですが、チョイスの多い生活のほうにはすっかり慣れました。最近では聞かれもしないのにいろいろ注文をつける傾向も・・・。アメリカ人でも細かいことをいわないマクドナルドででも、ついつい自己主張してしまいます。

 「Bセット、チーズ抜きで、あっ、ピクルスも抜き。ケチャップは少なめにして。それから、コーラは代わりにコーヒーにしてもらいたいんだけど!」

 お昼の定食はもういりません。

(佐藤奈津)