Baseball

Ozzie Smith の涙

 一般に国民性を際立たせるものとしていろいろ考えられるが、なかでもスポーツは格好の題材を提供すると思われる。特に、日米の国民性を示すものとして、彼のBaseball と我の野球は見事な対比をなすように思われてならない。

Baseball と野球の違いについては、かなり以前からそれを論じている御仁がいる。Robert Whiting がその人で、彼は日本のプロ野球に助っ人としてやってきた多くの米国人選手を取材して、「菊とバット」、「和を以て野球となす」(いずれも何のモジリかは明白)などの著作をものにしており、これらは米国のビジネス・スクールでの日本文化ないしは日本式経営を理解する上での参考文献にもなっているとか。私がことさらBaseball と野球というのも、昨年来の野茂投手の活躍以来、衛星テレビで大リーグの試合を見る機会があり、自分なりに成程と納得できることが再三あったからである。

 私は1945年の終戦以来、野球の虜となり、現在のセ・パ両リーグ発足以前の日本のプロ野球のことも未だ記憶に残っており、また昭和20年代、野球専門雑誌を通して吸収した大リーグのことについても、想い出す選手名は二、三にとどまらない。ただ1960年位からごく最近まで Baseball とも野球とも離れていたが、野茂のお陰でBaseball を見ると、これが案外面白く、それと野球を対比してみると、これはもう立派な文化論の材料になると確信するに至った。

 ここでは本年7月9日に、フィラデルフィアのベテランズ・スタジアムで行われた第67回オールスターゲームを題材として取り上げてみたい。ただしこれは衛星テレビ中継を通して垣間みた、いわばお茶の間でのBaseball 観なので、このことを予めお断りしておかねばならない。そして対象はSt.Louis Cardinals の41歳の名ショートOzzie Smith である。

 試合に先立ち両リーグの選手紹介があった。American League の選手紹介に続いてNational League の選手が紹介された。本塁と一塁を結ぶラインに沿って並ぶ選手たちは、場内アナウンスで自分の名が告げられるや、足を一歩踏みだし、帽子を一寸とってファンに挨拶する。Ozzie Smith の名が告げられると、一際大きな拍手が起こった。「守りの魔法使い」、Ozzie the Wizard(何のモジリか明明白白)と称された、この41才の名選手は、大柄な選手たちの間で、その小柄な褐色の身体がなんと大きく見えたことか。物静かで微笑みを絶やさぬ柔和な表情を、頬から顎にかけてゴマ塩気味に生やした髭の中に包んでファンに応える。

 これで15回目のオールスター出場。昨年も選出されたが怪我のためユニフォームを着てベンチ入りしたものの、プレーはできなかった。ちなみに大リーグの選手たちは、オールスターに選出されると、たとえ怪我をしていてもユニフォームを着てベンチに入りファンに顔を見せるのが、選ばれた栄誉に対する処し方である。日本の選手には、怪我を休養の口実にする者もいる。オールスターに選出されたことの受け取り方が、両者で全く違うのである。

 13年連続 Gold Golve賞(ポジション別の守備の最優秀選手賞)に輝くショートは、今シーズンは試合にでる機会も少なく、今年限りで引退を表明していた。今年はファン選出には漏れたものの、ナ・リーグの監督はhonorary selection という粋なはからいでOzzieを選び、引退の花道を飾ったのである。

 試合はすすみ、六回表ついにOzzie が守備についた。観客の興奮はいやが上にも高まった。彼のところに二度打球がとんだ。実に軽快なプレー振であった。一度は二塁手の前まで走り寄って打球を処理した。また二塁にいる走者を牽制して華麗なピックオフ・プレーも披露してくれた。

 そして七回裏、お馴染みのTake Me Out to the Ballgame の合唱のあとでOzzie に打順が回ってきた。右投げ左打ちのOzzie は、やおら左打席に入った。その時スタンドから文字通りの万雷の拍手が起こった。standing ovation 鳴り止まず。拍手は3分間にもおよんだ。Ozzie は一度、二度とファンに向かってうなずきながら会釈を返す。拍手鳴り止まず。見るとOzzieの目に涙が溢れ、それをこらえている様子がみてとれた。Ozzie は涙を見せまいとするが如く、ヘルメットを深めにかぶり、うつむき加減に打席に向かう。拍手止まず。主審にも声をかけられ、相手のキャッチャーからも握手を求められやっと打席にはいる。スタンドからは「Ozzie, Ozzie」の合唱が起こる。大声援の中で試合再開。

 Ozzie は二塁へゴロを打ち懸命に力走したがアウト。ベンチに戻るOzzie にまた万雷の拍手。一塁ベースを駆け抜け、ベンチに戻る途中スタンドに駆け寄りファンの差し出す手を握り、例の如くはにかみ気味に会釈しつつベンチに戻る。ベンチの中の名だたるスターたちも全員総立ちで、この去りゆく41才の名選手をハイタッチで迎える。そこには雲つくような大男たちが、この小柄な超ベテランに対し尊敬・畏敬の念据くを能わざるという姿があった。

 私は今まで野球とのかかわり合いで、これほど感動したことない。たかが野球されど野球であるが、ファンと選手とのつながりがこれほど暖かいものか、と感じ入った。フランチャイズ制が確立している米国では、地元チームの選手とファンの結びつきは格別なものがある。しかしOzzie の場合、場所は本拠地のセントルイスでなく、フィラデルフィアであった。にも拘わらずである。つまり全米のファンから敬愛されていたということである。今年のオールスターはOzzie Smith の引退試合であったといっても過言ではない。

 Ozzieは1954年12月26日生れ。これまでの打撃成績は2,439安打、ホームラン27本、786打点。18シーズン中17回100本以上の安打を打つ。しかし決して打撃の人ではなかった。彼の真骨頂は守備であった。通算守備機会12,844回。エラー278回。守備率978。Ozzis の凄さは、長い大リーグ生活を守備で生き抜いてきたということである。Ozzieの出現は、大リーグにおいて守備に対する認識を一変させたと言われている。上に述べたように、Gold Glove賞は13回受賞(大リーグ歴代三位。ナ・リーグ記録)。しかも13回連続受賞である。オールスター出場15回。そのうちファン選出12回(ナ・リーグ記録)、監督推薦3回。

 お茶の間でテレビを通して観戦するだけでも、Baseball と野球の間には大きな違いがあるようだ。経営者、リーグ当事者、コミッショナーの姿勢、選手たちの意識、そしてファンの楽しみ方、どれもこれもその違いは大きい。

(榎本吉雄)