Lecture

「日系人と日本」

                猿 谷 要

 

 天理大学アメリカ研究会は、6月12日、天理市文化センターで定例講演会を行った。講師はマスメディアで活躍しているアメリカ問題の専門家、猿谷要・東京女子大名誉教授(現駒沢女子大教授)。演題は「日系人と日本」で、同教授は南北アメリカを中心に世界的に広がりつつある日系人の影響力は急速に広がっている現状を紹介、その力で国際理解に貢献してくれることを期待したいと述べた。以下は、その要旨である。

「わたしは本来アメリカの黒人問題の研究からスタートした。それは、黒人問題に関連した差別や偏見に関心があったからだが、広くアメリカを旅行中にメキシコ人にも、インディアン(ネイティブ・アメリカン)にも、白人の中ではユダヤ系にも、少数派として、同じことがあることがわっかてきた。そして最後には、日系人にたどり着いた。この付近では和歌山、広島、山口、熊本、福島、新潟が昔から南北アメリカに対し多くの移民を送っている。

「近年アメリカでも日本でも、数多くの日系人の大会が行われている。しかしいったい日系人とは、どのような人たちを指すのか、どのくらいいるのか、その数字はきわめて怪しい。パラグアイでお会いした、女性ペルー大使は、「わたしには、日本人の血が四分の一しか入っていない」といっていたが、考え方はまったく日系人だ。日系企業という言葉があるが、その企業で働いている人は漠然とすべて日系人に含まれてしまう。またアメリカでの永住権しかもっていない人も日系人に数えられている。

「これら日系人はさまざまな苦労を重ねて今日にいたっている。以前カナダの百年祭に招待されたとき各地の公文書館にまわった。そこに一世の人たちの日本語で話したオーラル・ヒストリーのたくさんあることに驚かされた。一部を聞かせてもっらたが、テープは「斜め読み」がきかないので手間がかかる。活字にするには金と時間が山ほどいる。日系人の歴史を残すためにも何とかしたいと思った。

「最近「ピクチャー・ブライド」という小さなプロダクションのつくった映画を見た。その芸術的価値はともかく、日系人の苦労を如実にしめすドキュメンタリーとしてぜひ見てほしい。俳優探しで苦労したようだが、工藤夕貴が出演させてくれといってきたという。写真だけ見てはるばる嫁にいく話しだが、帰りの船賃もないので嫌でも結婚しなくてはならない。相手は写真とは大違いで、父親のような老人と一緒にならなければならなかった。形ばかりの夫婦生活を送るが、最後には理解し合い結ばれるという筋書きだ。

「またハワイの日系人にとっては、五十年前の歴史には特別の思いがあるのだろう。戦争中戦ったハワイ出身日系二世はその記録を「ハワイ二世米兵」という本にした。また昨年NHKの衛星放送がつくった日系人の活躍するドキュメンタリーの中に「意外な解放者」というのがある。これは日系人の強制収容所から志願して欧州戦線で活躍した日系二世が、なんとユダヤ人強制収容所からユダヤ人を解放するという皮肉な話である。この解放者の親達はそのときまだ強制収容所に入れられたままだった。

「海外に広く点在する日系人達については歴史学、社会学、文化人類学の見地からさまざまな研究が行われているが、これからはもっと広く学際的な研究を行う必要があるだろう。最近海外日系新聞協会がブラジル二世の指導者を呼んでシンポジウムを開いたが、その時外務省からの参加者が「日系文化を消したくない」との趣旨の発言を行った。一般に日本の伝統は世界で一番激しく変化しているという。「二世」の名著で有名なビル・ホソカワ氏はオン(恩)、ギリ(義理)、ハジ(恥)をたたき込まれた、といっているが、いまの日本にそのいずれもブラジル二世に見せるだけのものがあるだろうか。またペルーのリマのシンポジウムで聴衆から「その昔日本人をペルー人になる移民として受け入れたが、いまの日本はなぜ日系人だけをペルーから受け入れるのか。一般のペルー人も大勢日本に行きたいんだ」との質問がでた。その時わたしは回答する立場ではなかったが、今の日本を見るととても答えられる質問ではなかった。

「今年の五月、海外日系人代表者大会が開かれたが、その代表する国々の名前を聞いて驚いた。従来大半を占めていた南北アメリカの代表は全体の三分の二にすぎず、そのほかフィリピン、マレーシア、インドネシア、韓国、オーストラリア、それにフランスからもきていた。これからは山崎豊子の「大地の子」でお馴染みの日系中国人代表もでてくるだろう。それこそ全世界を覆うことになり、永住権を持っている人も含めると大変な数になる。一世二世は年を取ってきており、今では三世が二世より日本に注目するようになってきた。

「演題である「日系人と日本」という観点から考えると、国際関係が緊密化する中で日系人の役割は大きい。各国間の相互理解が不足しているため摩擦も大きい。日系人はハーフではなくダブルで二国の文化を知っている。日系人がうまく働いてくれれば摩擦解消に大いに役立とう。これまでそうした人たちをあまり重視しなかった外務省も考え方を変えはじめている。これからの日系人達の活動に大いに期待したい。                           

(文責・北詰)