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 【研究室訪問】

宗教学科 島田勝巳教授

神学の人間的な魅力に惹かれて

研究者を目指すきっかけ

  私は天理教の教会に生まれ育ち、高校時代に将来について考えるうちに、「宗教」を学問として学びたいと思うようになった。天理大学宗教学科に入学し、海外留学への夢と宗教学への関心を同時進行的に深めていった。その後、大学院の修士課程では、近代の神学思想を研究テーマに選んだが、神学的思考の伝統を、さらに深く学びたいという思いが強くなった。博士課程進学後は、改めてキリスト教神学の本格的な研究に取り組み、その後もアメリカへ留学し研究を続けた。そして、2001年から母校、天理大学で勤めている。

キリスト教の神学が専門

  西洋中世末期のキリスト教世界で活躍した、神学者ニコラウス・クザーヌスの思想を中心に研究している。クザーヌスはかなり特異な思想家で、伝統的な中世神学(スコラ学)の立場からは微妙な距離を取りつつ、神や宇宙、人間をめぐる独自で大胆な思考を展開した。また、クザーヌスは、正統的な神学の枠組みの中に留まりながらも、語り得ないはずの神を何とか語ろうとする努力の中で、キリスト教思想の新たな地平を切り開いた。私は、クザーヌスのその強靭な思考の中に、神学的思考が持つ、尽きることのない魅力を感じている。

「神学」は、その字義とは裏腹に、"人間による人間のための解釈の営み“である。神や超越者自身にとってではなく、"人間にとって“、必要だからこそ存在するものと言える。神学が、時代や状況に応じた多様性や多義性を持っているのも、そのためである。私は、神学が持つこうした人間的性格に、大きな魅力を感じる。

従って神学は、必ずしも神学者の専売特許というものでもない。例えば、現代社会の多様な問題は、特定の「聖典」の中に、明確な回答が見いだせるようなものではない。それらを考えるための足掛かりとなるような教えや思想をもとに、自分自身で考え始めた瞬間に、人は既に「神学的思考」を実践しているのではないだろうか。
 

思考の“溜め”をつくる訓練を

 社会が多様化するにつれ、抱える問題もより複雑化するため、私たちはつい拙速かつ安易に、明確な答えを求めがちになる。また、ネットもそれを強力に後押ししている。

学生に期待したいのは、こうした時代だからこそ、あえてその流れに抗い、自らの思考に"溜め"をつくる訓練をすること。つまり、立ち止まって熟考し、試行錯誤を繰り返すことである。そのためには、ただひたすらに多くの本を読むしかない。旅に出るときにも、本と共に歩くこと。また、大学を徹底的に活用する術も身に付けてほしい。
 

大学院宗教文化研究科の誕生

  4月には、私もスタッフを務める大学院宗教文化研究科宗教文化研究専攻が新設される。現代世界で生じる事柄の背景には、多くの場合、宗教的な伝統や文化がある。また、信仰者でも、ほかの宗教について学ぶことで、自分の信仰をさらに深めることもできる。そうしたことに関心のある人は、ぜひ、宗教文化研究科への進学を考えてみてほしい。
 

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