Baseball

Lou Gehrigの野球への想い

 大リーグにおいて Cal Ripken が現われるまで連続試合出場といえば、ヤンキースのIron Horseと称されたLou Gehrigと相場がきまっていた。Gehrigは1939年シーズンに入ってまもなく体調の常ならぬことを感じ、自ら連続試合出場に終止符をうった。そしてミネソタ州ロッチェスターのMayo病院に通い診察を受けていた。そして通院中のあるとき地元の放送局とのインタービューに応じたことがあった。このときは身体の不調は感じたものの医師団は病名(後にゲーリッグ病といわれる難病)は特定できていなかった。以下はThe Society for American Baseball Research の出版物であるThe National Pastime:A Review of Baseball History (No.17, 1997)にSteve Smartによって掲載されたLou Gehrig on the Airと題するラジオ・インタービューのスクリプトから垣間見たベースボールに寄せるGehrigの想いである。(以下聞き手はA、GehrigはGとす。カッコ内の注は筆者)

A:今(1939年)の野球とあなたが野球を始めたころの野球との相違について。

G:私が入団したころは試合はもっと激しかったので今より大変だった。今では年配選手の助言や経験から学ぶことができるが、当時は困難な悪条件がさまざまあり、若い選手は必死になって頑張らねばならなかった。ここが違うところだ。

A:ナイターについてどう思いますか。(原文はnight baseballだが、ここでは和製英語のナイターとしておく。)

G:ナイターというのは厳密にいえばショウだ。そして球団オーナーの利益になるだけだ。ナイターは本当の野球を見せるという点では、本物とはいえないと思う。プレー

ヤーにとってはやり辛い。昼間働いている人たちは夜試合を見たいだろうし、我々も全力を尽くしてファンの入場料に応える試合をしたいと思っている。しかしナイターは所詮ベースボールではない。本当の野球というのは昼間太陽の下でするものだ。ナイターではボールの回転がよく見えないので実際より速く見えるから投手に有利だ。打つときのタイミングが少しずれる。昼間よりも夜間の試合でよく打てる打者はいない。打撃成績を比較してみたらこれは明らかだ。(現在でもホーム・グランドでのナイターの試合数を制限している都市がある。ベースボールは昼間、太陽の下、天然芝の上でするのものだという考え方が戻ってきている。ナイター、人工芝から元に戻りつつあるのは興味深い。)

A:選手の立場から見てもっとも優れた選手は誰でしたか。

G:歴史上最高のプレーヤーは Babe Ruth, Ty CobbとHonus Wagnerの3人だ。Babeはファンの好みのプレーヤーの典型。Cobbは典型的な自己中心的なプレーヤーで野球史上誰よりもグランドでは敵が多かった。目的を達成するためには遮二無二進むタイプで、相手のことなど構わなかった。Wagnerこそプレーヤーに愛される典型、つまり監督に愛される選手だった。彼はいつもチームの勝利のために、チームメイトのために、ファンのために、そして彼自身のためにプレーする人だった。

A: National League とAmerican Leagueとの野球に違いがありますか。

G:目につくような違いはないと思う。両リーグからスター選手を選んでみればほぼ同数の選手が選ばれるだろう。

A:選手たちは新聞のスポーツ・ページをファンのように熱心に読むのでしょうか。そしてスポーツ・ライターの批評やファンの野次などに対して反発したり腹を立てたりしますか。

G:的を射た批判には腹を立てることはしないだろう。選手達はボックス・スコア(ボックス・スコアとは、打席数、安打数など試合結果の個人別記録を打者順に示した一覧表のこと)を毎朝仕事として綿密に読む。投手たちは記憶に頼って試合をするのではない。試合がすんで夜帰宅し、各打者の弱点をノートに記入し、それをもとに次の対戦に備えるのだ。

A:若い選手たちはマイナーでの徹底した訓練が必要ですか。

G:その通り。マイナーや大学出たてで、いきなり大リーグに飛び級する選手は非常に少ない。2年から4年の間マイナーで鍛えられないと大リーグには上がってこれないのが普通。大リーグに入っても最初の1年は勉強だ。あまりにも早く大リーグに上がりすぐにマイナーに逆戻りする選手を見ればこのことは理解できるはず。

A: ワールドシリーズのときは緊張しますか。それともいつもの試合と同じですか。

G:それは選手の気質次第。私はいつも緊張するタイプだった。報道関係者、サインを求める多くのファン、どれもこれも緊張の種だった。しかし一旦試合が始り、第1球が投げられ、最初のボールが私のグラブに触れると落ち着いて、あとはいつもの試合と同じだ。ワールドシリーズの試合は第1戦だけでなく、どの試合も緊張する。これはオールスター・ゲームでも同じだ。オールスターに選ばれて試合する度にぞくぞくする緊張感と興奮を味わうよ。

A:オールスター・ゲームの収入はどこへ行くのですか。

G:これは選手たちの慈善団体の収入となる。病気になったり、老後になって生活がたちゆかなかったりした元選手たちを助けるのが目的だ。

A:では、選手組合のようなものがいつかできると思いますか。

G:組合ができたとしても、うまく行くかどうかわからない。というのはそうなると選手はその能力によって報酬を得ることにならないで、技量の優れた者も低い者も同じ報酬を受けるということになるのじゃないか。(このゲーリッグの組合観は1929年以来の大恐慌による一般労働組合の姿に影響されているのかも知れない。現在の代理人に委ねているFA制度やオーナーたちと対等にわたり合う選手組合の姿を知ったら彼はどう思うだろうか。)

A:選手たちはお金のために試合をするのですか、それとも試合が好きだからプレーをするのですか。

G:両方あると思う。たとえ野球で生活できなくとも、暇があればは野球をするくらい皆野球に夢中なんだ。もちろん私たちはパンとバターを稼がなくてはならないけれど。

最後に若い選手たちへの助言を、つぎのように語っている。

まず健康第一努めること。我々は試合をすることで生計を立てているのだから、いつも万全の体調でグランドに来るのが鉄則だ。自己管理できない者はマイナーに落ちるだけだ。すべては己次第である。私はこの17年間野球界にて、毎日平均9〜10時間の睡眠を心掛けてきた。この習慣を破ったのは1週間もなかったと思う。(この節制の人が病魔に倒れ、暴飲暴食に近かったRuthがGehrigより長生きしたとは人生は皮肉である。) 

(榎本 吉雄)

(注:ナイターは和製英語で、原文では昼間の野球と対比するときにはnight baseball, 個々の試合に言及するときにはnight gameが用いられているようだ。ここでは便宜上ナイターとした。)