Research

コロンビアの国内紛争による住民の強制移住―国内難民の実態―

―バイオレンスの慢性化に起因する人権侵犯―

 

 日本はもとより、世界においてもコロンビアという国のイメージは、どちらかと言えば、ネガティブなのは否めない。ゲリラ、麻薬組織、右翼武装グループなどの行為者による殺人、強盗、虐待、殺戮、誘拐、抗争が常にニュースとして世界をかけめぐっているからである。それを裏付けるかのように白書を見れば、堂々たる数字に愕然としてしまう。人口10万に対して77.5人の殺人、これは南米における殺人率第二の国ブラジル、24.6人と比べても飛びぬけて高いことがわかる。ちなみに日本は1.5人である。

 さて、昨年(2001)の後半は「テロ」という「言葉・行為・実態」に世界は染まった。アメリカ合衆国における同時多発テロが引き金だが、その後のアフガニスタンへの攻撃では、おびただしい数の人が祖国を離れなければならなかった。その経緯・原因は一朝一夕に語ることはできないが、20数年も前から存在する「アフガン難民」にも世界の注目が集まった。その数はパキスタンに逃れた人だけでも約200万人。ふと、連想的にコロンビアの内情が頭に浮かんだ。同じ難民といっても「国内難民」である。けれども自分の家、定住地を追われることには変わりない。

 難民とはおおまかに二つに定義され、それは、(1)天災・戦禍等によって生活が困窮し、住んでいた土地を離れ、安全な場所へ逃れてきた人々、(2)人種・宗教・政治的な意見等を理由に迫害を受ける恐れがあるために国を出た人々、とある。

 つまり、何かの原因で定住地からどこかへ移動することを余儀なくされた人で、コロンビアの場合は、近年の内戦状態―ゲリラ抗争・麻薬戦争等―によって定住地から他の地域へ移住させられている。経済的に余裕の有る人々の中には、国外―アメリカ合衆国やコスタリカ等比較的治安のいい中南米諸国―に逃れる人もいる。国外への亡命のドキュメントはコロンビアの作家 Herman Caicedo のノンフィクション小説 Elhueco でも紹介されているが、多くは国内間での移動である。しかし難民には変わりなく、定住地を追われた人々は、最低限の人権さえも得られず暮らしている。その実態を簡単に延べたい。

コロンビア国内難民の経緯

 20世紀の後半に急激な国内難民の増加現象がみられるが、その背景には二つの経緯が存在する。一つは「バイオレンス」時代(1946〜1965)の結果であり、もう一つは90年代から現在に至るまでの政治社会経済的な原因から暴力が多様化した影響によるものである。先ず、国内難民の数の推移であるが、難民支援組織グループ(GAD)によれば、1985年〜1994年の10年間では約60万人の人々が難民になったのに対し、その翌年つまり、1995年には1年で約9万人、1996年には181,000人、1997年は250,000人、そして1998年には308,000人と年とともに増加している。現在は約190万人の人々が家を追われて不自由な生活を強いられている。2001年11月付の El Tiempo 紙によると、毎日約1,000人が新たに難民としてボゴタ、カリ等に難民として流入している。数字だけを見るともうひとつピンとこないかもしれないが、モザンビーク難民が160万人、旧ユーゴスラビアのコソボでは70万〜100万人、ルワンダ難民は約100万人、と最近の世界で起こっている紛争で生じた難民と比較しても大して差がないことがわかる。コロンビアの事態はそれほど深刻なのである。が、この数は推計であり、これらの人々の何%かは、定住先に帰還した報告もあるので、現在の難民の実数はこれより少ないのではないかと思われる。

国内難民の現状

 さて、強制的に定住地を追われた人々の内訳をみてみると意外なことがわかる。1994年の報告であるが、全難民者の58%が女性であり、また、全難民者の75%が25才以下なのである。これは何を意味するかと言えば、「夫」を何らかの原因でなくした未亡人が子供を連れて逃亡しているのである。そして都市の周辺にねぐらを求めて避難するのであるが、そこでは又極貧の生活が始まる。他のコロンビア人の人権の見地から言っても、正に人権侵犯の中でくらしているのである。それは「難民」現象自体がすでに恒久的人権侵犯になるからである。生命・自由及び幸福に対する権利は元より、思想の自由、言論や表現の自由、所有権、居住、移転や職業選択の自由等の権利が犯されている状態である。逃れた場所には結局仕事もなく、小屋同然の家でくらし、売春を余儀なくされる未亡人も少なくない。また青少年はスリ、強盗などの犯罪に手を染めるケースが増えてきているのである。この事は人々が流出した場所の問題というよりも難民を受け入れた流入地の社会問題にも発展してきている。また、難民の職業は40%が農民、46%が小規模経営の商売人、労働者、教員となっている。

国内難民流出の原因

 コロンビアのバイオレンスに端を発する「国内難民」のもとを探るには、農業における支配層と小作農につらなる土地問題に言及しなければならない。が、昨今の原因というのは武装グループからの脅迫、殺人である。その35%が「パラミリターレス」(右派自警武装集団)とよばれ、24%が反政府の武装団つまりゲリラ、17%が軍隊及び警察である。これらの武装団の意味合いにおいて日本の価値観でものを眺めれば、矛盾が生じる。「何故国の警察や軍隊が住民を脅かすのか」と考えてしまうのだが、コロンビアにおける武装による紛争はこれもまた簡単には解明できない状態なのである。

 また、この「パラミリターレス」は80年代の後半及び90年代初頭にゲリラ及びその親派に対して組織された反ゲリラ武装グループである。そしてその組織目的はゲリラへの協力者―経済的または思想的を含む―に対して制圧を加えるということなのだが、実際にはおびただし数の殺戮を行ってきている。当然その被害者は一般人にも及んでおり、事実、コロンビアにおける人権侵犯の筆頭行為者なのである。

一方、ゲリラの人数は年々増えつづけ、それにもいくつかの要因があるのだが、コロンビア最大のゲリラ組織FARC(コロンビア革命軍)は、1986年は35部隊3,500人に対し、1995年には75部隊7,500人に増加している。そしてゲリラと麻薬組織が手を組み、麻薬の流通に都合の良い土地を探し、その土地の住民を脅かし、強制移動させる報告もある。

今後の研究課題として

 コロンビアは1930年頃より経済的危機や政治不安、司法の弱体などから慢性的なバイオレンスによって国情の悪化が続いている。その被害者の一部が「国内難民」として表われているのだが、この紙面では「国内難民」についての概略と統計の羅列しか報告できなかったお詫びを申し上げ、出来れば、今後、一つの研究課題として、『アメリカス研究』誌もしくは研究会で発表の機会を得たく存じる次第である。

(清水直太郎=天理大学非常勤講師)