Baseball

 

大リーグベテラン選手の活躍

 

 私はこの6年間で3回全米オール・スターゲームをテレビで観戦したが、いずれにも心和む思いがした。95年はBaltimore Oriolesの「魔法使い」と称された名ショート Ozzi Smith の最後のオール・スターになるといわれていた。彼へのファンの熱烈な声援が忘れられない。今年は、Cal Ripken, Jr.であった。 Ripken は2,632試合連続出場の世界記録を達成し、すでに40歳を超えている。オール・スターのファン投票では締め切り間際までマリナーズのBellにリードされていた。それが締切り直前になって今年一杯で引退するといわれているRipkenの最後の勇姿を見たいというファンの気持ちが投票数に現れ、サードのポジションはRipkenが一位であった。やがて試合開始となりRipkenはア・リーグの三塁手として1回表の守備につくべくサードの位置へ赴く。そのときショートの Alex Rodoriguez がRipkenのもとに寄り、盛んに何かを懇請しているようだった。Rodoriguezは、Ripkenに古巣のショートを是非守ってもらいたいというのである。Ripkenは永年ショートの名手として鳴らしてきたが、ここ数年は疲労度のより少ないサードを守るようになっていた。それをRodoriguezは、この大先輩に、最後の大舞台で元のショートでの晴れ姿を見せてほしいと懇願したのである。この粋なはからいに球場全体がどよめいた。Rodoriguezはまだ26歳、今年マリナーズからFA宣言して球界最高の年俸を得てテキサス・レンジャーズへと移った。お金のためなどと批判されたが、この40歳の英雄への敬愛の情の表し方は鮮やかである。見る人みんな胸に込み上げてくるものがあったろう。

 このRipkenがこの試合でホームランを打ち最優秀選手になるとはだれが予想したであろうか。91年についで2度目のMVPである。野球の神様は孝行息子のいるところには姿を現すようだ。年配選手への敬意の表し方はテレビを見ていてもよくわかる。シアトル・マリナーズのEdgar Martinezはシアトル一筋15年やってきた。38歳。今もクリーンアップを打つ。ホーム・グランドでのファンの彼への声援には独特の温かさが感じられる。

 日米のプロ野球をみていると年配選手の活躍に大きな差が感じられてならない。2001年のワールド・シリーズの第6戦、なんとダイヤモンド・バックスの先発メンバー全員が30歳を越えていた。年齢順に言えば先発投手のRandy Johnsonが38歳、ついてGrace 37, Williams 35, Gonzalez 34, Sanders 33, Womack 32, Miller 32, Counsell 31歳。これは1945年のシリーズ以来のことであるとか。Johnsonは全米随一の左腕投手。今年のオール・スターゲームの先発投手でもあった。1995年のオール・スターでも先発投手で相手は野茂英雄。野茂は今年はオール・スターに選出されなかったがJohnsonは野茂と投げ合ってから6年、ますます健在である。第6戦彼は完投勝ち。そして翌日の最終戦でも8回表途中から豪腕Schilling(35歳)を救援して登板、9回表もピシャリと抑えてシリーズ優勝、Schillingとともに最優秀選手となった。Schillingも第1戦、第4戦、第7戦と3日おきで3試合に登板し、勝利に貢献した。シーズン中はスターターと呼ばれる先発要員投手は4日おきに投げることになっているが、Schillingはなんと3日間の休養で3試合に登板したのである。これは彼の大リーグ生活ではじめてのことであった。普通先発要員は4日おきのローテーションを崩さないのがスターターの第1条件である。野茂が信頼されているのもこのローテーションを崩さないからである。年間162試合、東から西へ、北から南へと時差をものともせずに戦いぬかねばならぬ大リーグでは、ローテーションを崩されるとチームはガタガタになる。それがワールド・シリーズとなると4日おきどころか必要ならばいつでも投げるという気概がダ軍のこの2人のエースにみなぎっていた。ダ軍先発のSchillingはワールド・シリーズで3回も先発をつとめたということは、これは1991年以来はじめてである。そして相手のRoger Clemensは39歳。今シーズン20勝3敗。これまで投手部門の最栄誉賞のCy Young 賞を5回受賞している大ベテランである(今年6回目受賞)。大リーグ史上でワールド・シリーズ第7戦に先発した最年長投手ということであった。記録によると第7戦の先発年長投手はClemensについでGrimes38歳、かの有名なWalter Johnson 37歳、Cy Young 36歳である。Schillingは35歳。選手権を賭けて仁王のような2人の投げ合いは実に見応えがあった。

 このように大リーグでは年配選手の活躍が素晴らしい。今年大リーグのホームラン記録を更新した Barry Bonds は34歳。これに対し日本の年配選手の活躍はやや見劣りする。これはどうしてだろうか。体力差ということがよくいわれるがそれだけだろうか。 Nolan Ryan (テキサス・レンジャーズ)は46歳まで現役で無安打無得点試合を7回やり遂げ歴代1位の三振奪取王でもある。ベテラン選手の活躍の原因としてトレーニング方法が日本より格段に進んでいることが挙げられよう。スポーツ科学の進歩の差である。それと真のプロとしての専属コーチの存在である。Nolan Ryanはコンピュユータを駆使して、最高速度の球が投げられるフォームをつねに目指していたことで知られている。Randy Johnsonの自宅のトレーニング室は一寸した体育館なみでトレーニング器具が所狭しとならんでいる。体調・体力の維持にどんどん投資しているのだ。読売ジャイアンツの清原選手が昨シーズンオフに渡米して、見違えるほど体付きが変わったのもこの辺の事情を物語っている。

 日本の投手は大体1週間に1度の登板間隔である。一方大リーグは4日間隔で100球少し越えたところが責任回数らしい。死球を喫したときの日米の差も大きい。日本ではすぐにトレーナーが痛み止めのスプレーを持ってとんでくる。テレビで見る限り、大リーグでは死球をくらったり、自打球を当てたりしたときスプレーをもってトレーナーが出てきた場面にお目にかかったことがない。球が当たっても打者は何事もなかったかのようにスタスタと1塁へかけてゆく。痛そうな素振りを見せないのも1つの美学なのだろうか。そうではあるまい。虎視眈々と自分のポジションを狙っている若手がいるから弱みを見せないようにしているのであろう。電話一本でマイナーから活きのいいのがやってくる。一度つかんだポジションは絶対に譲れないのだ。日本ではこのようなおそれはまずない。一軍と二軍の力の差が大きいので死球をくらって交代しても、数日休んでも心配ないのである。体力・気力がないとメジャーのレギュラーは張れない。これで死球のナゾが解けた気がした。大リーグとマイナー以下では待遇が天と地ほど違う。これは年俸だけのことでなく、引退後も元大リーガーであったということは社会的にそれだけの評価を受けるとのことである。

 大リーグ最高給はレンジャーズのAlex Rodoriguez(年俸約27億円)。一方最低保障額は20万ドル(約2,500万円)。結果が出なければ容赦なくマイナーへ落とされ、都市から都市へと長距離バスで移動し過酷な試合日程をこなす羽目となる。正選手といっても、その地位は安泰でなくチーム内の誰にいつとって代わられるか分からない。チーム・メイトが競争相手なのである。さらにトレードによって他チームへの移籍は日常茶飯事である。球団経営者はビジネスとしてチームを所有しているのであるから、まず利益が優先される。強いチームでないとファンは球場に足を運ばない。温情が支配する余地はまずない。この12月にヤンキースからメッツに移籍したJusticeという選手は10日も経たぬうちにまた他チームへの移籍が決まった。万事がこの調子である。チームを強くして利益をあげること。これに徹している。日本のように赤字でも親会社が面倒みてくれるわけではない。こうなると、ことは単なる野球ではなくなる。ビズネスとは何かということなのだ。メI mean business.モという英語表現があるがなるほどこのことか。日本は国自体が親会社みたいで、経営責任を果たさぬ企業の姿をこの「失われた10年」でうんざりするほど私たちは見てきた。   

(榎本吉雄)