Baseball

 

もう一つのメジャーの楽しみ方

 

 1995年に野茂が海の向こうで活躍して以来大リーグが日本のお茶の間でも楽しめるようになった。さらに今年からイチローのお陰で連日大リーグのゲームが楽しめるようになった。そこでテレビという限られた範囲内、しかも殆どはイチローの所属するシアトル・マリナーズの試合しか見ていないのであるが、この限定された映像から一野球ファンとして興味深く感じたことを記してみたい。

 オールスターゲーム前のことであったが、あるときマリナーズのSafeco Fieldのファンの中に坊主頭がいやに目立った日があった。あちこちにいるのである。地元のアナウンサーの言によれば、その日は癌の治療のために頭髪が抜けた人達にかつらを贈るべく、頭髪の寄付をファンに球団は呼びかけたのであった。必要な人数は3,000名ということで、提供者たちは入場前に頭をクリクリに剃ってもらい、その頭髪を寄付したのである。入場料は無料だったかどうか聞き漏らした。どうりで坊主頭が目立ったわけだ。その中には幼子もあり父子ともツルツルであった。大リーグの球団はつねに社会への貢献を考えていることがよくわかった。頭髪の寂しい私ならどうしたろうか。

 さて試合の進行に応じて電光掲示板もなかなかの見ものと化す。今年はイチローの活躍で多くの観客を集めたSafeso Fieldで、ある日イチローが素晴らしいヒットを打つとレフトの背後、ややセンターよりにある電光掲示板に次のような文字が浮かんだ。 ICHIRO-RIFIC

まさに terrific なヒットだったからである。イチローが好プレーをするといつもICHIRO-RIFICとなる。佐々木投手の登板がアナウンスされると KAZUMAJIN であるとかKAZUMANIACとなる。

DAIMAJINというときもある。日本で大魔神と呼ばれた佐々木投手ならではである。面白かったのはインディアンズとの地区決定シリーズの第2試合で9回の相手の攻撃をぴしゃりと締めくくると KAZU HERO と出た。佐々木投手の個人名は主浩である。思わず「うまい」と叫んでしまった。マリナーズでもっともファンに敬愛されているのは指名打者の Edgar Martinez という38歳の大ベテランである。マリナーズ一筋にやってきた。実にいいところでヒットを打つ。するとEDGAR IS GOOD. となる。

 電光掲示板以外にも楽しみがある。観客の持ち込むプラカードというか、各自ひいきの選手のことをいろいろ(絵)文字や記号にてボール紙やパネルに描き、時が至ればそれを振りかざして周囲に見せびらかす。書かれていることは選手個人のことだけでない。今年の最高傑作は地区決定戦第2戦7回表、インディアンズの攻撃が始まる前にテレビに次の映像が映し出された。一ファンが掲げていた。よくご覧頂きたい。

IS THIS HEAVEN? NO, IT'S SEATTLE.

これを見てピンときた人は紛う方なき野球ファンであり、映画ファンである。これをくどくど説明すると折角の料理を前にして作り方を講釈するような気分になる。これは Field of Dreams (89)というアメリカ映画を見た人でないと分からない。

映画は主人公のRayが折角育てたトウモロコシを刈り取って農場に野球場を作る話である。なぜそのようなことを仕出かしたのか。ここからは1919年のワールド・シリーズで八百長疑惑により永久追放されたシカゴ・ホワイトソックスの選手たちへの鎮魂の思い、中でもShoeless Joe Jacksonへの原作者の愛惜あふるる思いが伝わってくる。映画については、いわゆるBlack Sox 事件を扱ったEight Men Outとともにいつか別の機会に触れてみたい。八百長疑惑で8人が球界から永久追放されたが、Shoeless Joe Jacksonはこの年のワールド・シリーズでも素晴らしい成績を残し、八百長に加担したかどうか疑わしいとする人もいる。原作者のW. P. Kinsellaもそうである。Joeは他の7人とともに追放され、死ぬまで無実を訴えていたといわれていたが認められず51年に没した。

 さて話しをもとに戻す。主人公のRay Kinsellaは野球場を作ったものの以後何も起こらず周囲の物笑いとなった。と、ある日の夕方、幼い娘が「たれかが球場にいる」という。みると確かにそうである。Rayはナイターのスイッチを押す。トウモロコシ畑の中から1人の若者がやってくる。Rayは球場へ行ってみる。旧式のユニフォームと旧式の左利きのグラブを持ち、左胸にはWhite Soxのマークがある。2人は顔を見合す。Ray は Shoeless Joe だと直感する。2人でバッティングのひと時を楽しむ。Joeの打球はトウモロコシ畑のはるか彼方に飛んでゆく。

 やがてJoeはトウモロコシ畑の中へ帰って行こうとして、IS THIS HEAVEN?と訊く。NO, ITユS IOWAとRay。このやりとりが分かっている人にはIS THIS HEAVEN? NO, ITユS SEATTLE. というプラカードを作った人の野球への打ち込み方がわかろうというものである。試合はマリナーズがリードし、ファンにはこたえられぬゲーム展開であり、これがheavenでなくて何であろうか。映画はここから佳境に入るが今はこれ以上触れない。とにかく何ともユニークな、小憎らしい程着想の鮮やかなプラカードであった。大リーグの新人の年間最多ヒットはShoeless Joeの233本(1911)であり、今年イチローがこれを90年振りに破りShoeless Joeの名前が図らずも話題に上ったのである。Shoeless Joeを惜しむ人は今もあるようで、Field of Dreams, Eight Men Outと彼にまつわる映画が最近でも2本もある。

 イチローのマリナーズはヤンキースに敗れワールド・シリーズへの進出はならなかったが、ナショナル・リーグ・チャンピオンのアリゾナ・ダイヤモンドバックスとヤンキースの第1戦、ダ軍の豪腕Schillingの好投でヤ軍はグーの音も出なかった。このときダ軍のファンが掲げたプラカードに次のようにあった。

Yanks Ain't Worth 1 Schilling.

お分かりだろうか。これは二通りの読みをしなくてはならない。ヤ軍が9人かかっても1人のSchillingに敵わないというのと、ヤ軍の9人は 1 schillingの値打ちもないということである。実はschillingとはオーストリアの通貨の単位である。アリゾナのファンにはなかなかの物識りがいるようだ。次のようなプラカードもあった。Schilling Is Thrilling. 快調なピッチングを続ける地元チームの Schilling をたたえているのである。韻の踏み具合と意味の取り合わせが絶妙である。

 最後にもう一つ。ヤ軍とダ軍の第2戦では次のようなのがまたまた見つかった。RED SOX FAN LIVING VICARIOUSLY THRU D'BACKS.

これは難解。ヤ軍に対しレッド・ソックスは1920年に Babe Ruth をヤンキースにトレードして以来、ヤンキースにはどうしても勝てない。ボストンはいつも敗者。永い恨みつらみがあり、この恨みつらみを今年はナ・リーグのダ軍をとうして晴らしたいというわけである。今年のワールド・シリーズはダ軍が制した。このファンは溜飲を下げたであろう。         

(榎本吉雄)