Special Lecture

 変わるアメリカ―ヒスパニックの場合

                        越 智 道 雄

 

 明治大学の越智道雄教授は昨年11月27日天理大学で行われたアメリカス学会の年次総会で「変わるアメリカ」と題する特別講演を行った。教授は、急速に人口増のみられるヒスパニックに焦点を置き、米国社会を分析した。以下はその要旨である。

 

 *今日は、変わりゆく米国の中でもとくに、メキシコなどラテンアメリカ諸国からやってきて人口比率が急速に増え米国社会に大きな影響を与えている、ヒスパニックといわれる人々の話をいたします。大多数がカトリック教徒です。

 *ヒスパニックはスペイン語を話す人々という意味で、一番多いのはメキシコから入ってくる人たちです。メキシコで一週間かかって稼げる給料を米国では一日で稼げるから、国境を越えて通勤する人たちが大勢います。メキシコ系の人々は米国とメキシコを今もいったりきたりしており、米国でお金を貯め、老後はメキシコに戻ってゆっくり生活したいという夢をもっています。次に多いのはプエリトリコ(米自治領)系でニューヨークに多く住んでいます。次はフロリダ州に多いキューバ系で、政治難民が多く、ヒスパニックの中では最も教育水準が高いといわれ、社会主流化率は一番高くなっています。

 *ヒスパニックの数は3100万人といわれ、人口比ではアフリカ系を追い越すところまできています。家族との生活を大事にし、カトリックで避妊は難しいため増加率が大きいのです。2005年までにアフリカ系(約12%)を越し、米国で最大のマイノリティになろうといわれています。白人とほぼ同じ顔色から黒人同様まで肌の色が多岐にわたっており、21世紀半ばには非白人と白人が伯仲してくるといわれる米国人の、4人に1人がヒスパニックで占められるとみられています。ただ一時多いと伝えられた不法移民は減ってきているようで、56%は米国生まれで、外国生まれの米国人の71%がヒスパニックといわれています。

 *ラテンアメリカの人たちは北(米国)を恐れ同時にあこがれ、複雑な感情を抱いています。また経済的にも対米依存度が高く、あまりいい例ではありませんが、たとえばドラッグマネーがなくてはメキシコ経済は成り立たなくなるといわれています。

 *英語の苦手なヒスパニックのためのバイリンガル教育は一時ほど強くいわれなくなりました。保守派どころかリベラル派もそのための教育費の使いすぎに反対しています。政治意識が今ひとつで、選挙でも投票をしないので有権者登録運動が活発に行われています。支持政党は、アフリカ系がほとんど民主党であるのにたいし、ヒスパニック(とくにキューバ系)では共和党支持が意外に多くいます。2000年の大統領選挙運動ではヒスパニック票を取り込もうとする動きが活発化しています。

 *ラテンアメリカからの移民は米国の内外情勢に大きな影響を受けます。1920年代、大挙入ってきて、1942年頃からアグリビジネスが安い労働力を必要としたため、ゲストワーカーとして大事にされましたが、60年代には歓迎されなくなります。70年代から90年代にキューバから多くやってきました。歴史を振り返ってみると、初期のイタリア系と似た状況に置かれています。米国では国が教育に介入することを許さず、教育税などは地方自治体が決めます。カリフォルニア州などヒスパニックの多いところでは,高い教育税が彼らの教育に多く使われることに強く反発しています。

 *子供が少ないベビーブーマーの世代が高齢化したとき、人口がどんどん増えているヒスパニックがこれを支えなければならなくなるという話が、80年代半ばにヒスパニックの指導者からでてきました。2050年には,ヒスパニックは16-66歳の年齢層の25%、67歳以上の17%と少なく、社会福祉の負担の面でベビーブーマーとヒスパニックの対立が高まり、国が面倒みきれなくなるというので、社会保障の民営化の話まででています。

 *教育水準のあまり高くない人でも可能な職場として軍隊があります。ヒスパニックはベトナム戦争で活躍しました。しかし最近は軍隊の需要も減り、高卒以上しかとらないので、軍隊にはいるのも難しくなっています。米国のプロテスタントは悪魔と戦うことの必要を説き、労働倫理でいうと、calling(天職)という考え方で方向性を出していきます。カトリックはそうした意識が低く、寛容すぎて、プロテスタンティズムの過酷さと太刀打ちできません。シンパティコ(感性)を大事にするカルチャーの違い、そこが米国人となったヒスパニックの一番苦しいところです。アフリカ系はどんどん主流化していますが、マイノリティの階層化をどうするか。切り離された一部のものだけが主流化している現実。イタリア系よりはるかにシンパティコの強いヒスパニックは才能が劣るわけではありません。カトリックは厳しいプロテスタンティズムの世界に生き延びにくいカルチャーですが、心豊かなカルチャーでもあります。しかしその両方をもってくれるのが一番いいと思います。

 *ヒスパニックの数が増えその一部が中流化するとなれば、彼らはテクノクラートになるでしょう。文化は沈殿したものの中からでてきます。中流化に取り残されたもののなかからなにがでてくるか。懸念されるのはその切り離される人々ですが、文学、音楽、演劇の世界で新しいものを出してくるような気がします。

 *ヒスパニックの一部が階層分離して中流化しても、この人々は今日の米国を支えているのと同じようなエリート層として米国社会に全体的な変化を与えるほどにはなるとは当面考えられません。一方取り残されたものは、以前は丸ごと取り残されていたのが、これからは(中流化した)同胞からも切り離されます。まさに出口なしです。

 こうしてみると、ヒスパニックの暗い面がクローズアップされすぎてしまいますが、中流化したヒスパニックは従来の文化に吸収されるので仕方ないとして、底辺で苦しんでいる人たちの中から新しい何かがでてくることを期待したいものです。

(文責・北詰)