Letter from New York

アメリカの大学就職こぼれ話

 昨秋、2、3年前から考えていた転職を実行するため、就職活動を開始しました。アメリカの大学での日本語講師の仕事という限られた範囲ですが、雇う側と雇われる側の双方から見つめ、おもしろいと思った点を紹介しましょう。

 面接のために候補者を招くだけで、大学にとってはかなりの出費になります。貴重な予算を有益に活用するために、一次面接をするのに学会を利用する大学も少なくありません。日本語講師の場合は毎年春に開催されるAAS (Association for Asian Studies = アジア研究学会)の年次集会の時に面接をする大学が多く、そのために全国から就職希望者が集まってきます。雇う側には、候補者が私費で参加する学会を利用してより数多くの候補者に会うことができ、より正確なサーチを行うためにも非常に便利なシステムだと言えます。就職希望者にとっても、面接の目的だけでなく、ネットワーク作りや情報交換のための貴重な機会になっています。

 書類選考や仮面接で、最終選考に残った候補者は、大学まで出向くことになりますが、このキャンパス訪問には大抵次のようなステップが含まれます。(1)学科の職員との面接、(2)学長との面接、(3)専門分野のペーパーの発表。語学講師の場合は、専門分野の発表の代わりに(又はそれに加えて)模擬授業を行うのが普通ですが、大学によって教科書も学生のレベルも違うので、かなりの準備が必要になります。教授法の好みも大学によって違うので、いかに訪問する大学の流儀を心得ているかということが成功の鍵になることもあり、そのためにも日頃のネットワーク作りが大切になるわけです。

 知識や技術だけでなく、就職する大学や学科との相性を計る目的を含むキャンパス訪問は、言わば「お見合い」のようなもの。そのため、食事をしながらのインフォーマルな会話やキャンパスの施設を見学するツアーの時間も、忘れてはならないキャンパス訪問の大切なポイントなのです。私も就職活動を始めるにあたり、大先輩に「気が小さくて語学講師に向かないと思われるといけないから、出されたものはしっかり食べたほうがいいですよ」と言われ、確かに「面接ぐらいでこんなに緊張している人が、何十人もの学生を相手に効果的な語学教授ができるか」となっても困ると、頷いたものでした。

 大学によっては、選考委員会のメンバーに学生が含まれることもあります。特にリベラル・アーツ系の大学では研究内容以上に教授法を重視されることがあり、学生の意見が一層大切になります。私自身、私立の名門カレッジ(全寮制)を訪問した時に、8人の学生と一緒に職員抜きで食事をすることになり、妙に緊張したことがあります。可笑しな話ですが、その時には、いわゆる上流家庭で育った学生を前に、(19才前後の学生ばかりだったのですが)「しまった。どのフォークを一番初めに使えばよかったんだっけ? テーブルマナーの勉強もしておくべきだった!」と真剣に悩んだのです。

 就職に大切なステップの中で私が何よりも驚いたのは、給料やその他の恩典の交渉です。将来の発展のためにより優れた職員を選びたいのは、企業でも教育機関でも同じこと。候補者のレベルが高ければ、それだけ他の大学に先を超されてしまう可能性が高くなるので、研究費や給料の調節も候補者を繋ぎ止める要因の一つなのです。ですから雇う側と雇われる側が話し合いを通して、相手と自分の価値を見極めながら最終的な条件を決めるのは当然のことになっています。「交渉するのが当り前」と不相応な条件を要求することで、かえって悪い印象を持たれることもあるので、これは就職や昇給を希望者には難しい課題です。アメリカ社会では、効果的な交渉が昇格や昇給に大きな影響を及ぼすので、本屋の「職業」コーナーにも、「あなたにもできる条件の交渉」、「給料の交渉ノウハウ:1分に1000ドルの昇給」「目指せ、並み以上の昇給!」などの参考書が並んでいます。

 私事ですが、これから同じニューヨーク州でも北部の田舎町にある小さいカレッジに就職することになりました。

(佐藤奈津)