Letter from New York

 米大学教育における実利性は? 

 National Center for Public Policy and Higher Educationによる統計の結果を見ると、ビジネス界、教育界それぞれのリーダーは問題のある点には共通理解を示しているものの、双方の認識にずれがあることがわかりました。

 共通している最大の問題点は「大学に入学する学生の多くが大学教育を効果的に利用する準備ができていない」ということ。学生にその環境に適応する学力的あるいは精神的な基盤ができていなければ、いかに素晴らしい大学教育のシステムがあろうと、効率的な学習は不可能だというのです。解決策のひとつとしては、能力とやる気のある学生に教育のチャンスを与えることがあげられます。これは学生の性別や人種、経済的事情にかかわりなく実力主義に徹するという意味で、女性やマイノティー・グループに属するという理由で現在特別な待遇を受けている学生には、有利な傾向ではありません。実際、この特別待遇(アファーマティブ・アクション)に対し、疑問を抱く教育者も増え、廃止する大学も増えつつあるというのが現状です。

 ビジネス界のリーダーの90%は「大学はもっとビジネス主義に徹するべきだ」という意見です。大学教員の間では、この意見に同意するのは50%とやや低く、教育とビジネスを同じ地平で混同して論ずることには幾分躊躇があるようです。ビジネス界では、一般教養レベルの人文科学系のコースは最小限にとどめるべきであるという声もあります。卒業後の社会への貢献度に目立った影響がなく、実用的でないというのが理由ですが、教育関係者の中には「実利性だけにとらわれては人間形成の上にバランスを欠くのではないか」と危惧を抱く人が多いのです。

 「大学教員の終身雇用の保証に必要性を感じない」というのもビジネス・リーダーの意見。アメリカの大学では、博士号を取得した後大学に就職しても、将来のポジションは保証されていません。普通は2年目と5年目に更なる審査があり、論文の出版数や学生、同僚からの推薦の内容によって雇用の継続が決定づけられるのですが、この再審査制を一定の期間が過ぎても止めるべきではないというのが大方の意見です。常に審査されることで教員が研究意欲を保ち続けるし、それによって全体の講義の質が上がるだろうという考えです。

 政府の大学教育の援助金増加は教育システムの改善に不可欠だというのは、大学及び政府機関でのリーダーの共通する見解です。しかし、ビジネス界のリーダーは教育費のやりくりは家庭の問題だと考えています。つまり、親が子供の小さいうちから将来の計画をたて、教育費を蓄えておくべきだというわけです。

 商品の価値を定めるように教育システムの善し悪しをその実利的価値だけで判断することには賛成できませんが、色々な意味で教育とビジネスの分野の距離が近づきつつあることは見逃せない事実です。最近、大学の教育システム自体が商品として扱われるという面白いニュースを耳にしたので、ここにご紹介しましょう。

 今年の1月、全米で学習教材を専門に、幅広くビジネスを営んでいるSylvan Learning System 社が、スペイン政府の認可を得てマドリッドにある大学University Europea of Madrid を買収し、アメリカの教育システムをそのまま導入する計画を発表しました。今までにもアメリカを基盤にした大学が海外キャンパスを設立し、講師陣を派遣するケースは多数ありましたが、すでに存在する大学を買い取りアメリカの大学の元学長を経営担当者として配置するという計画には前例がなく、教育界で話題を呼んでいます。

 社長のベッカー氏は、西ヨーロッパ諸国の中流階級の若者にアメリカの大学教育を提供することがこのプロジェクトの最大の目的と述べています。学歴を重視する傾向が年々強まるヨーロッパからアメリカへの留学生は後を絶ちませんが、中流階級には、子供をアメリカへ留学させることは容易ではありません。その解決策として、アメリカの教育を丸ごと輸出しようというのです。ベッカー氏は、今後もヨーロッパにアメリカ系大学のネットワークを築くことに力を注ぎ、10年以内に10校以上の大学を設立したいと述べています。

 物理的な商品価値だけでなくアイデアや情報のアクセスを可能にする媒体は、出版物からコンピューターのソフトウェア、ネットワークと、時代と共に変化してきました。更に、教育システムまでそのまま輸出するに至り「商品」の定義を考える上で、ビジネス界、教育界に大きな変化をもたらすことでしょう。 

(佐藤奈津)