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アメリカの研究者はプロ

                   村 上 和 雄

   私は10年間、アメリカの大学で研究に従事しました。「What's new?」これが研究室の教授、すなわちボスの口癖でした。ほとんど毎日、研究現場へやってきては、「Something new?」と聞いてくるのです。

 そんなこと言われても、研究というのは頻繁に新しいこと、面白いことが見つかるはずはありません。もちろん、若い研究者に対する励ましを込めた挨拶がわりの言葉でもあったのですが、何か見つからないとボスが困ってしまうという事情も分かってきました。

 アメリカの大学では、ボスが一番よく働きます。朝早くから来て、夕方まで研究室にいて、夕食を食べに家に帰ります。でも、また研究室に帰ってきます。今度は、こうです。「What's new tonight?」

 アメリカの教授は一部を除いて終身雇用ではないため、研究実績が上がらないとクビになってしまいます。クビにならないまでも、研究費が認められないと、その中には生活費も含まれていますから、自分の給料も切れてしまうわけです。

金の切れ目が研究の切れ目

 アメリカではノーベル賞をとった先生の場合でも、その栄光がモノをいうのはせいぜい3年から5年くらい。とった後に実績が上がらなければ、過去のヒトになってしまうという厳しい世界なのです。ノーベル賞は相撲の世界に例えれば、横綱級ですが、負け越せば下のランクに落ちてしまいます。よい研究が出来れば急に評価され、研究費の大幅アップも可能ですが、いったん落ち目になると、教授を辞めてタクシーの運転手などに転職する人もいるくらいです。なぜ、アメリカはかくも厳しいかというと、学者の世界が完全にプロの世界だからです。典型的な競争社会です。アメリカ流がすべて正しいとは思いませんが、日本のぬるま湯的な学問の世界に浸っていた私にとっては、新鮮で活力にあふれるものを感じたのです。

先生の教え方を学生が採点する

 私はアメリカで、研究だけでなく講義もした経験があります。ところが、アメリカの学生はきちんと教えてもらうのが当然の権利と考えていますから、授業中にしょっちゅう質問をしてきます。それで最初は1時間の授業だけでもヘトヘトにバテてしまったこともありました。でも、きちんと質問に答えておかないと困るのは先生のほうなのです。一学期ごとに先生評価のアンケートを、大学が学生全員に行います。学生に先生の授業を採点させる。「授業態度はどうか」「準備をして授業をしているか」「理解しやすいか」「勇気づけられるか」など細かくチェックされてしまいます。

日本の教授の多くはアメリカの一流大学ではクビ

 日本の大学では、アメリカのようなことはまずありえません。自分の先生を追い越して教授になるということは起こりえないのです。いったん教授になってしまえば、チェックする機構もありません。定年まで教授のままです。どんなに研究能力が低下しても教授のイスに安住しているから、当然、堕落する人が少なくない。日本の教授の80パーセントくらいは、アメリカの一流大学だったら通用しないと思います。日本のように安穏としていたら研究費が出ないから、クビ同様に大学を追われます。

筑波大学の黒船

 日本の大学のあり方に危機感を抱いた私どもは、筑波大学学長に、滞米30年以上で民間出身の江崎玲於奈氏を当選させたのです。そして江崎学長は Tsukuba Advanced Research Alliance (TARA)構想を発表しました。大学、国立研究機関、民間会社の三者を融合したヘテロな研究集団を大学内に組織し、その研究成果は厳格な外部評価を受けることにしたのです。

 TARAセンターの合い言葉は「我々はプロになろう」です。そして、1998年4月からTARAの教官全員が自主的に法的任期制を受け入れました。しかし、「プロの待遇ができるのか?」等と、いろいろ問題はありますが、TARAセンター長を4年間務めた私は、TARAセンターを日本の大学改革の突破口にしたいと強く願っています。

 さらに、大学で得られた研究成果を産業活性化に結び付け、ベンチャー企業を育てたいと思っています。現在、国立大学では、いろいろな規制に縛られています。そこで、大学、国立研究所、民間の枠や国内外の枠も越えたSuper TARAのようなものをつくりたいと思っています。

(筑波大学応用生物化学系教授)