Lateral Thinking

愛憎関係のアメリカス

 南北アメリカを一つの文化圏ととらえる「アメリカス」という発想、これは頭の中では理解できても、「そんなに親密な関係にあるの?」と問いかけられると、確信をもって簡単に答えられない。が、これを「愛情と憎悪が絡み合いながら離れられない関係」と考えると、少しわかってくる。

 中米メキシコとリオグランデ川をはさんで対峙し、ニューメキシコ州とも隣接する米テキサス州のエルパソは、その点「アメリカス」を象徴する町である。

 アメリカで17番目の大都市で、最近まではメキシコからの密入国者の通路として悪名高かったが、警備が厳しくなりNAFTA(北米自由貿易地域)のおかげでGM系など330のmaquiladora(保税輸出加工工場)が両岸に進出、活況を呈している。といっても、主たる労働者はメキシコ側対岸のフアレスからの公認越境労働者(低賃金)に依存している。

 両市とも失業率は依然高いが、新しい職場が次々生まれ、フアレスだけでも昨年4万8000人の職場ができた。基本的に両市民の通行は自由で、サッカーリーグから道路建設、空気調査など国境を超えた共同事業が行われている。密入国者狩りの強化で、盗難など財産犯が半減、なんとエルパソは米国で第三番目に安全な都会と太鼓判を押されている。(THE ECONOMIST誌)

 エルパソは、率直に言ってもはやメキシコの一部といってもいい。市民にとって、テキサスの不景気よりメキシコのペソの切り下げの方がはるかにこわい。最近のペソ切り下げでは、市内の小売価格が半値に下がり、ダウンタウンで70の店が潰れた。市民の36%は高校も卒業しておらず、四分の一は英語が通じない。テキサス州内では唯一「時差」が違う地域で、電話局番も北側のニューメキシコ州とつながっている。テキサス州の政治家たちがここに無関心だから、選挙をやっても投票率はたえず20%前後。「われわれはテキサス州に属しているが、テキサス人ではない」というのも無理はない。

 「先生、カナダはアメリカと同じ多民族国家、しかも同じ英語圏で仲がいいと思っていたのですが、その反米感情は予想以上です」という、興味深いE-MAILを寄こしてくれたのは、加レジャイナ大学に短期留学中の4回生、横田勇知君。もう少し続けよう。

 「1998年2月、‘米加戦争’勃発。60分間の激しい交戦の上カナダの勝利で幕を閉じました。歴史上まれにみる短さで終わった戦争の舞台は長野オリンピック。ホッケーでの両国の因縁の対決は、マスメディアでみる限り、想像を絶するものでした。カナダ人は日々の生活でアメリカの影響を受けずに過ごすことが至難のことで、カナダ人の国民性を守るため、とくにスポーツ試合では感情むき出しでアメリカに対抗しているのには、本当に驚きました」。

 カナダとアメリカ、面積ではほぼ互角でともに世界のベスト5にはいっている。が、人口となると、カナダはアメリカの十分の一余りで、国力では問題にならない。しかも英国系、フランス系、ネイティブがいがみ合っているから、いわばアメリカを共通の「敵」とでも考えなければ、国の統一が成り立たない。

 しかしアメリカとの間は国境はあってなきがごとく、英国がEUの仲間入りしてヨーロッパの国になってしまった以上、どんなにコンプレックスを感じても、アメリカ経済に依存しなければカナダ経済は成り立たない。せめてスポーツの世界で憂さを晴らすしかないのである。実はこのカナダとアメリカのホッケー対決は暴動まで引き起こすほど加熱したことがある。1994年6月NHLの優勝決定戦。このとき西地区優勝はバンクーバー・カナックス、東地区はニューヨーク・レンジャーズ。7戦して先に4勝した方がNHLの勝者となるのだが、1試合目にバンクーバーが勝った後、ニューヨークが3連勝して王手をかけた。だが、その後バンクーバーが2連勝して振り出しに戻る。カナダ、とくにバンクーバーの人々は次の試合の勝利を確信した。ところがその結果はカナダ人の期待に反して5-2で負けてしまった。さて、これで収まりがつかなくなったのがバンクーバーの人々、怒りの感情は頂点に達し、同市はついに暴動状態となり、機動隊が鎮圧に乗り出さざるをえなかった。

 さらに97年のホッケーのワールドカップでも、カナダがアメリカに3-6で負けた。だから今回の長野でのカナダ人の男子ホッケーへの期待は尋常ではなかった。

 横田君はレジャイナでカナダの学生たちから、この経過をいやというほど繰り返されたようで「オリンピックでどのチームに負けても、アメリカだけには勝て」を合い言葉にして、テレビに食い入るようにみていたことを、アメリカス学会の人たちに伝えてほしいといってきた。

 アメリカスという発想にあるこの「愛憎関係」(ambiguity of love and hate)は、米合衆国のなかでとくに激しい。一方で肌の色を超えて一つに纏まろうとする動きがある中で、新移民の波がそれを阻止しようとする。ワシントン・ポスト紙のウィリアム・ブース記者がInternationsal Herald Tribune でその現状を、人口のバルカン化とみた興味ある記事を書いているので、一部を紹介してみよう。(2月23日号)

 

「最近の人口動態調査などをまとめてみると、現在のアメリカは、白人74%、黒人12%、ヒスパニック10%、アジア系3%で、21世紀初頭ヒスパニックが黒人を追い抜く。2050年にはヒスパニックは25%、黒人14%、アジア系8%で、白人は53%前後に落ち込むだろうと人口学者はみている」

 「ハワイ、ニューメキシコの2州ではすでに白人が過半数を割り、明年中にカリフォルニア州がこれに続くことは必至である。続いて、ネバタ、テキサス、メリーランド、ニュージャージーの各州で白人は比較多数派に落ち込む。現在の新移民の大半はアジア(フィリピン、韓国、東南アジア)とメキシコなど中米諸国から来る人たちだ」

 「新移民は、大学卒で特殊技能をもっているものと、教育も職業訓練もほとんど受けていないものの2種類に分けられる。マイアミでは住民の四分の三が自宅では英語を話しておらず、その67%はろくに英語も話せない状況である。ニューヨーク市でさえ、住民の10人に4人は自宅で英語を話さず、その半数は英語を話すのが苦手である」

 「この新移民の流入とともに、アメリカ生まれの市民たちが大都会を離れて単一民族の社会に逃げ込み始めている。ニューヨークとロサンゼルスでは1990年から95年の間にそれぞれ100万以上のアメリカ生まれの住民が逃げ出し、ほぼ同数の移民者がこれらの都会に流入してきた。(中身が入れ替わったわけである)」

 「ミシガン大学の人口学者ウィル・フレイ氏は『ロスにメキシコ人がひとり来るたびにアメリカ生まれの白人ひとりがでていくといっても過言ではない』といっている。大都会をでていく人たちの大半は白人、それも労働者階級だが、この‘白人の流出’は新しい形をとっている。従来のように都心から郊外へ逃げ出すだけでなく、その地域や州からでていく。1990年代の‘オジーとハリエット’(典型的な白人の中産階級の主人公)たちは大都会の郊外を飛び越えて白人が大半の、地方の小さな町に移りつつある、とフレイ氏は解説してくれた」

(北詰洋一)