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米 国 の 大 統 領 図 書 館

                       北 畠 霞

 アメリカを旅行していると、引退した大統領の名のつけられた図書館に思いがけない所ででくわすことがある。ミズーリ州カンザスシティに行って東隣り町インディペンデンスに迷い込み、そこでトルーマン大統領図書館をみつけるかもしれないし、テキサス州オースティンのテキサス大学の広大なキャンパスを歩き回るうちに、8階建てのリンドン・バード・ジョンソン大統領図書館の前にいつしか立っていることになるかもしれない。

 ジョンソン大統領図書館を見てまわっていると、ホワイトハウス内でジョンソン大統領の娘が結婚式を挙げたときにレディ・バード夫人が着用した豪華なドレスに多くの観光客が見入っていた。ボストン南部のマサチューセッツ大学に隣接するジョン・F・ケネディ大統領図書館では、1961年1月20日のあの雪の日の劇的な就任演説(「国が自分に対して何をしてくれるかということでなく、自分が国に何ができるかを問いかけよう」)のビデオをまわして往時を回顧する老夫婦の姿が印象的であった。どの大統領図書館も予想以上に観光客を集めていた。

 最近の大統領は、ホワイトハウスにいる時から自分の名を冠した大統領図書館の建設計画を手がけ、大統領を辞めると同時に図書館の設立を始めるのが慣例のようになっている。2期8年をまっとうしたレーガン大統領の図書館がロサンゼルスとサンタモニカの間に完成したのは、1989年1月の引退からわずか2年後のことだった。その後任のブッシュ大統領の図書館の地鎮祭がテキサスA&M(農工)大学のキャンパスで行われたのは、彼がホワイトハウスを去って2年後。ジョージ・ブッシュ行政大学院、大統領研究所、公共指導力研究所などの諸施設とともに今年完成の予定とされていたから、もう出来上がっていてもいいころだろう。

 このように歴代の大統領が自分の図書館を後世に残すのに熱心であるのを皮肉って、クリントン大統領が1期目に、自分の図書館の地鎮祭を強引にとり行おうとしたものの、人気も低く出席者がだれもいなかった、というような政治漫画までがニュース雑誌に取り上げられるようになっている。

 歴代の大統領が自分の図書館を持とうとする習わしができたのは、それほど古いことではない。ニューディール期の米国政治の舵取りをしたルーズベルト大統領が、研究者のために大統領時代の資料を公開すべきだとの考えから、フランクリン・D・ルーズベルト図書館の設立を議会に提案し承認を得たことに始まる。それは第二次世界大戦後、ニューヨーク州ハイドパークのルーズベルト家の敷地内に完成した。

 この後、一代さかのぼってルーズベルト大統領の前任者であるハーバート・フーバー大統領の図書館もつくられ、今ではこの二人、前述のトルーマン、ジョンソン、ケネディ各大統領のほか、アイゼンハワー、フォード、ニクソン、カーター、レーガン、そしてブッシュ大統領と歴代の大統領の図書館が続くことになる。2001年1月に任期を終えるクリントン大統領が故郷のアーカンソー州に図書館を設立するのは既定の事実といっていい。

 これらの大統領図書館の建設費は国からは支出されない。すべて大統領や、その友人たちが民間から資金を集めて建設費に充てる。だがいったん大統領図書館ができあがると、その後の管理は国立公文書館が受け持つことになる。これは1987年にできた「大統領資料法」が、かつては大統領の個人的なものとされていたメモや記録は1981年1月20日以降の分については国の所有であり、国が管理すると定めているからだ。しかしウォーターゲート事件がらみで、ニクソン大統領図書館は最終的にだれが管理するのかが決まっていないため、国立公文書館の管轄外となっている。またここまで述べた大統領図書館とは別に、19世紀末にホワイトハウスの住人だった第19代のラザフォード・ヘイズ大統領も故郷のオハイオ州フリーモントに大統領図書館を持ち、1916年に開館しが、これは現代の大統領図書館の流れとは別のもので、やはり国立公文書館の管理下にはない。

 私が訪れたいくつかの大統領図書館の中で最も印象に残っているのはジョンソン大統領図書館だ。8階建ての壮大な建物の5階分が3500万点の文書を集めた資料館、残り3階分が博物館になっている。この博物館部分には、8分の7の縮小サイズながらジョンソン大統領のホワイトハウスの執務室がそっくり再現されている。この部屋にしばらくたたずんでいると、1963年のケネディ暗殺で大統領に昇格し、64年の大統領選挙では圧勝し68年の選挙での再選は確実とみられながらも、ベトナム戦争反対運動の高まりで再選出馬を断念せざるをえなかったジョンソン大統領の無念さが、この8分の7の大きさに凝縮されているように思えてならなかった。

 大統領図書館は、図書館ごとに収集の方針が異なるため統一性がないとの批判もあるようだが、このような形でかなり個人的な資料まで国家のものとなって公開され、研究するものがアクセスできるのはうらやましいかぎりである。

(神戸市外国語大学国際関係学科教授)