Lateral Thinking

FACTとFICTIONの狭間

  最近、一寸面白い本を二冊立て続けに読んだ。ひとつは赤瀬川原平の『新解さんの謎』、もう一つはジェフリー・アーチャーの『メディア買収の野望』である。一見なんの関係もないようだが、両書とも読む者をfactとfictionの間を行き来する知的な味わいを楽しませてくれる。

 『新解さん・・・』はすでにおなじみ、三省堂の『新明解国語辞典』を紹介した小説風のエッセイで、事実のみが順序よく並んでいるはずの辞書のなかに様々な人物が隠れていて、本音で言葉の意味を説明するから面白い。主観的な断定に時にどきんとさせられる。

 一方の『メディア買収の・・・』はマスメディアの帝王といわれ日本でも注目されているオーストラリア生まれのルーパート・マードックのモデル小説である。作者自身fact 80% fiction20%で、新しい作品のカテゴリーとして、novelography (novel+biography)という言葉を作り出している。読んでいて、どこがfactでどこがfiction だかわからないほど巧妙にできている。

 近未来小説と呼ばれるものもこの範疇だろう。最近『イコン』を発表し、エリツィンの死を予言しているフォーサイスなどその代表だが、ここでは私自身、いささか係わりをもった近未来作家 Paul Erdman (1932- )を取り上げてみたい。

 とにかくErdmanの半生は小説よりも面白い。米ジョージタウン大で修士号、スイスのバーゼル大で博士号をとった後、37歳の若さでバーゼルのUnited Carifornia 銀行の初代頭取になるが、ココア騰貴の見込み違いで倒産、背任罪に問われ投獄される。獄中で推理小説を書き始め、The Billion of Dollar Killing(『十億ドルの賭け』)で米探偵作家クラブ最優秀新人賞を受賞。さらにThe Crash of ユ79 (『79年の大破局』)でイランのパーレビ王政の崩壊と第2次石油危機を予言。The Last Day of America (『1985の大逆転』)では東西ドイツの統一を予測、The Panic of ユ89 (『マネーパニック’89』)ではアメリカ経済の混乱で西側金融界にパニック状況が起こることを予測した。

 文字通りの専門家たちの大真面目な予言が悉くはずれる現代である。これほどfictionの形の予測がぴたりと当たると、注目せずにはいられない。ある雑誌の依頼で、Erdmanと国際電話で接触、五、六回電話対談させてもらった。とにかく歯切れがいい。大胆な予測である。しかも説得力がある。下手な英語にも巧く答えてくれる。

 その中で、予測を小説の形で出すのは「学者や評論家は狭い専門範囲の論理に捕らわれ飛躍を許されないが、fictionでは自由に発想しても、だれにも叱られないからね・・・」といわれたのが印象に残った。今流行りになりかけている「複雑性」という発想の走りといえるかも知れない。

 ちなみに、一度もお目にかかっていないが、彼は当時2時間ぐらい話しても謝礼は一文も請求せず、いつも日本の最新情報と引き替えに「一番新しいelectronic toy を送って欲しい」というだけだった。今もロスのテレビやラジオの番組の常連として活躍している。

 こうした経験から考えると、ものごとの真理や真相に近付こうと思ったら、水と油ほど違う fact と fiction を適度に混ぜ合わせることが悪くないどころか、必要条件かも知れない。新解さんの説明文には固有名詞がしばしば登場し、Erdman の小説にはしつこいほどのfoot note や一次資料の入っているものがある。 

                                    (北詰洋一)